うずらのブログ

積極的な財政金融政策による豊かで成長力に満ちた社会を目指します

打ち出の小槌? あるよ

『うちでのこづち(打ち出の小槌、打出の小槌)は、振ることにより様々なものが出てくるとされる伝説上の槌(つち)。日本の説話や昔話に登場している宝物のひとつである。鬼の持つ宝物であるとされるほか、大黒天(だいこくてん)の持ち物であるともいわれ、富をもたらす象徴として描かれている(Wikipediaより)』

 

“打ち出の小槌”という言葉は、ご存じのとおり、緊縮バカが積極財政策を攻撃する際の常套句で、お金を使うのが大嫌いな能無しどもは、この言葉こそ積極財政派を黙らせる伝家の宝刀や必殺技だと勘違いしている。

 

実際、MMT論争の際にも、国家債務無限論や政府通貨発行論に話が及ぶと、「経済にフリーランチはない」とか「財政赤字に問題がないなら政府債務が5,000兆円になってもいいのか」、「財政に打ち出の小槌はない」と見苦しい捨て台詞を吐くアホを幾人も見かけた。

 

緊縮バカの連中は小学生レベルの豆腐メンタルゆえ、経済論争で窮地に追い込まれると、すぐに極論で対抗しようとする。

 

経済活動でフリーランチを貪っているのは、国民の勤労と中小企業の努力に適正な対価を支払わず、年がら年中「財政再建最優先!」、「増税不可避‼」、「年金削減!!!」と国民にタカってタダ飯を喰らうゴロツキどもの方だろう。

 

また、政府債務5,000兆円程度で脅しが効くと思ったら大間違いだ。

政府債務5,000兆円の向こう側には、5,000兆円の国民(企業)資産が厳然と存在しているのだから、何の問題もない。

 

国家予算が1億円にも満たなかった明治初期ならいざ知らず、政府債務が1,000兆円の大台に乗っても、国債金利の利回りがマイナスに落ち込んでいる現代の感覚で、たかが5,000兆円程度の国債額にビビるなんて、どこの田舎者かと冷笑するほかない。

 

そんなに5,000兆円が怖いなら、政府通貨発行権を発動し、少々余裕を見て1京円くらい国債償還基金を積み立てておけば済む程度の話ではないか?

 

本当に、緊縮バカはいたずらに騒ぐだけで、何の対策も対案も出そうとしない卑怯者だ。

 

挙句に果てに、反論に困ると、“打ち出の小槌”という逃げ口上で煙に巻こうとするが、そんなカビの生えた姑息な手段は通用しない。

 

『安倍首相「年金を増やす打ち出の小づちはない」 国会閉会で会見』(毎日新聞)

https://mainichi.jp/articles/20190626/k00/00m/010/156000c

安倍晋三首相は26日、国会閉会を受けて記者会見し、「年金を増やす打ち出の小づちはない。今から年金給付額を調整していくことが必要だ。そのためには(年金給付の水準を抑制する)『マクロ経済スライド』は必要だ」と強調した。(略)」

 

安倍首相をはじめ、打ち出の小槌という言葉を乱用する輩は、例外なく、経世済民の発想もやる気もない、国民にタカるだけの醜悪なフリーライダーだ。

 

タカり屋のフリーライダーどもは、「財政破綻・将来世代へのツケ回し・ハイパーインフレ」の3点セットで国民を脅しつければ、増税でも社保削減でも何でもできる、つまり、“日本の財政再建は待ったなし”という呪詛を唱え、「どす黒い打ち出の小槌」を振り回せば、国民からいくらでもカネを巻き上げられると高を括っている。

 

我が国は、江戸幕府から明治政府へ時代が変わり、近代国家へ歩みを進めてからわずか150年ほどで、明治初期の人々が見れば卒倒しかねないほど高度な技術力や先進的なサービスを手に入れてきた。

 

もし、現代に明治時代の日本人を連れてきたとしたら、スーパーや自販機を見ただけで、「未来に日本人は、いったいどうやって、こんな凄いものを手に入れたんだ!? 打ち出の小槌でも振ったのか???」と感嘆するに違いない。

 

そう、打ち出の小槌は存在するのだ。

日本人特有の勤勉さと研究開発意欲、遵法精神、規律を重視する精神構造に対して、通貨を発行し、きちんとした対価を支払い続けさえすれば、持ち前の技術力やサービス提供力という「国富」が刺激され、人々の生活をより豊かで便利にするモノやサービスが滾々と湧き出てくる。

まさに打ち出の小槌ではないか。

 

“打ち出の小槌など振らぬ”、“そもそもそんなものは存在しない”と知ったかぶりする輩は、国の発展を嫌い、文明生活すら放棄しようとする痛々しい原始人でしかなかろう。