うずらのブログ

積極的な財政金融政策による豊かで成長力に満ちた社会を目指します

緊縮主義は敗戦への道標

世の中には、緊縮と節約を美徳とし、国民生活よりも歳出の切り詰めを優先させたがる人非人がいる。

 

人非人はあらゆる階層や職種に散らばっているが、中でも、付加価値ゼロの駄文やねつ造記事しか書けないくせに分不相応の高給をくすねるマスゴミの連中に多い。

 

世間の冷たい風に当たることなく霞を喰って生きていられる暇人や、大所高所から無責任な“あるべき論”を騙るだけの横着者には、我が国が徐々に衰亡へと向かいつつあることへの危機感がまったくない。

 

自分たちがきれいごとを吐く間にも国民生活が刻一刻と蝕まれているのを無視し、むしろそれを楽しむかのようなバカ者たちを、筆者が「反国民主義者」と蔑む所以もこの辺りにある。

 

『黒田日銀の緩和策が「かつての日本軍と似ている」理由』(BLOGOS 原真人:朝日新聞社編集委員)

https://blogos.com/article/369600/

 

原氏のコラムは、テーマからして、最近流行りの「積極財政は軍靴の音を響かせる論」を想起させる香ばしいものだ。

 

彼の主張のポイントはコラム終盤にある次の文章に凝縮されている。

 

「(略)黒田日銀による国債買い支えは、いわば国民が税金を納める代わりに、日銀が紙幣を刷って、財政赤字を穴埋めしているということです。(略)支払うべき税金が半額で済むのだから、まるで“打ち出の小槌”です。

 しかし、この世に本物の打ち出の小槌など存在しません。いま何とかなっているように見えていたとしても、いずれとんでもない重荷が国民にふりかかってきます。

増税か、社会保障サービスの大幅切り下げか、政府窓口の閉鎖か。はたまた超物価高によるインフレ税か。(略)

 ひょっとすると、そんな近未来の日本経済が見え隠れしているために、人々の間に悲観的な見方が広がっているのかもしれない。

「令和」の時代にこの国が“第2の敗戦”を迎えることのないように、アベノミクスや異次元緩和のような「奇策」を改める判断が求められている。」

 

要は、

「日銀の異次元緩和は財政ファイナンスだ」

  ↓

「いずれ大増税ハイパーインフレがやってくる」

「日本は第2の敗戦不可避」

と言いたいのだろうが、意図的な事実の誤認や履き違えに基づく低レベルな妄想の類いでしかない。

 

まず、原氏は、アベノミクスや異次元緩和に対して、財政規律を弛緩させる「奇策」だと非難するが、基本部分の認識がそもそもおかしい。

 

アベノミクスの本質は「構造改悪・野放図な市場開放・聖域なき歳出カット」にあり、国民所得国内需要にアンカーをぶら下げ、景気の羅針盤を斜め右下方向へ向かわせるものだ。

 

巷に蔓延る緊縮主義者どもは、アベノミクスですらバラマキ呼ばわりし、歳出拡大の火消しに必死だが、勘違いも甚だしい。

 

アベノミクスや異次元緩和を「奇策」呼ばわりするとしたら、平成不況の真因たる“所得低下と需要不足のスパイラル”を、カネを使わず治癒しようとする両者の馬鹿さ加減をきちんと理解したうえでなければなるまい。

 

また、彼は「日銀が紙幣を刷って、財政赤字を穴埋めしている」という大デマをまき散らしているが、日銀の異次元緩和は、市場から既発債を購入するものであり、日銀が直接的に新発債を買うわけではないから、財政赤字の穴埋めなどまったくできていない。

 

筆者は、法改正により日銀の国債直受けを可能とし、堂々と財政ファイナンスに踏み込むべきだと思うが、現実には行われていない「異次元緩和=財政ファイナンス」が、さも行われているかのごとき大ウソを吐くのは、風説の流布に当たる重罪だろう。

 

貨幣や国債だけでなく、経済の何たるかをまったく理解できていない経済素人は、積極財政に対して“打ち出の小槌”とか“フリーランチ”といった言葉で貶めようとするが、聖域なき歳出カットと限度なき国民負担の押し付けで景気を回復させようとする反国民主義者こそ、カネを払わず対価だけを貪ろうとする“悪質な無銭飲食の輩”だろう。

 

国民が提供する労働に適切な対価を支払いたくないケチな守銭奴に限って、打ち出の小槌やフリーランチなる言葉を使いたがるが、平均年収が20年以上も昔より下がっているという“超異常事態”を放置しておきながら、いったい何を言うかと叱り飛ばしたくなる。

 

国民に奴隷労働と貧困生活を強いる無能な連中は黙っていろ、くどくど文句を言う前に打ち出の小槌を振り、フリーランチを喰わせてでも、不況脱却と国民生活の向上という「結果」をきちんと出せと言っておく。

 

原氏の認識がいかにも素人臭いのは、「いずれとんでもない重荷が国民にふりかかってきます」という言い草を見てもすぐに解る。

 

右肩下がりの国民所得や貯蓄率、右肩上がりの税率や国民負担率、四半世紀以上も上がらない初任給、就職氷河期で就業機会を奪われた数百万人ものロスジェネ世代、減り続ける住宅着工件数等々、国民の双肩には、すでにとんでもない重荷や負担が圧し掛かっていることに気づいていないのか?

 

国民を押し潰さんばかりの重荷を創り出した張本人は緊縮主義者のバカ者どもだが、当の本人はそれに気づかず、これから災難がやってくるぞと他人事のような顔で危機感を煽るありさまだ。

 

原氏は、「「令和」の時代にこの国が“第2の敗戦”を迎えることのないよう」とのんきなことをのたまっているが、すでに我が国は、平成不況をこじらせ続け、世界で唯一の経済水大国として”第2の敗戦“とやらを経験済みなのだ。

 

このまま緊縮礼賛を続けるならば、令和の世に第3の敗戦を迎えることは間違いない。

 

国民の意志によって制限なく製造でき、誰の負債でもない貨幣をきちんと活用し、十分な分配政策を行うとともに、人材育成を含む産業技術力の向上に取り組み、社会的諸問題にいかに迅速に解決できるかによって、令和が国民にとって幸福な時代になるか否かが決まる。

 

国民が、緊縮主義という“悪の玉手箱”を再び開けてしまうなら、次の時代も苦い敗戦を味わい続けることになるだろう。