うずらのブログ

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原発再稼働こそ最適解

巷で識者や論者を騙る連中には、“現実的な策”とか“冷静な議論を”と言いながら、具体性の欠片もない方策を堂々と唱えたり、冷静なふりを装い感情的に相手の意見を圧殺しようとする紛い物が多い。

 

『日本のインフラを襲う自然災害、現実的な対応策は?~インフラの一新は不可能、リスク分散に向けて国民的な議論を』(9/24 JBPRESS 加谷珪一:元日経BP記者)

http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/54170?page=1

「今回の地震では、これまで経験したことのない広域大規模停電(いわゆるブラックアウト)が発生した。(略)

泊原発が再稼働できていればブラックアウトを防ぐことができたのかについて、感情的な議論となっているようだが、このような問題に対して、激高して議論を戦わせてもあまり意味はない。(略)

最終的には、かけるコストと背負うリスクとの兼ね合いになるので、単一の最適解は存在しないと考えた方がよい。時間をかけてコンセンサスを確立する以外に方法はなく、相手を罵倒するような議論はこうしたプロセスの邪魔になるだけだ。(略)

日本の経済的な基礎体力はかなり低下しており、すべてのインフラを一新するというのは現実的に難しいだろう。そうなってくると既存のインフラを活用しつつ、リスクを分散していく工夫が必要となる。(略)」

 

ブラックアウトを巡る議論で、加谷氏は一体何を見ているのか?

泊原発再稼働に感情的に反対しているのは反原発派のゴロツキたちではないか。

 

ゴロツキどもは、「原発推進派は、原発のリスクに怯える庶民の気持ちに耳を貸そうともせずに多様な意見を圧殺しようとしている」と被害者ヅラしている。

 

しかし、現実社会でマジョリティを勝ち取っているのは、反原発派や嫌原発派であるのは誰に目にも明らかで、これは経済論争において緊縮財政派やグローバル礼賛派が多数を占めているのと同じだ。

 

では、圧倒的マジョリティを握る反原発派らが、原発再稼働を訴える多様な意見に耳を傾けているかというと、まったくそんなことはない。

 

「北海道でブラックアウトが起きたときに泊原発が止まっていてよかった」、「リスクだらけの原発から完全に足を洗え」、「メルトダウンで福島は死の街と化した」云々と、自分たちの妄想が200%正しいと信じ込み、原発再稼働を口にしようものなら、顔を真っ赤にして喰いついてくるではないか。

 

第一、反原発派の巣窟たる新聞やTVといったマスメディアで、原発再稼働の可能性やメリットが語られた事など目にしたことがない。

 

ブラックアウトの検証を求めるメスメディアも、北海道電力の対応不備をでっち上げて責め立てるだけで、泊原発の再稼働に踏み込むことは決してない。

 

自分たちが多数派のくせに、「原発推進派は俺たちの意見を聞いてくれない (´;ω;`)ウゥゥ」とわざとらしい泣きを入れる様は、まるでネズミに噛まれたライオンが大げさに痛がるようなものではないか。

いい大人が、ネイマールみたいなみっともない真似をするのは止めてもらいたい。

 

冷静な議論を無視し、多様な意見を踏みにじっているのは一体どちらなのか、反原発ゴロの連中は鏡を見つめて猛省すべきだ。

 

一方で、原発再稼働を求める論者は発送電システムを安定化・強靭化するための適正なエネルギーミックスを求めているだけで極めて冷静である。

 

日本の電源構成を100%原子力にしろと唱える者などいない。

火力(LNG・石炭・石油):原子力:水力ほかの電源構成を東日本大震災前の6:2:2あるいは5:3:2に戻し、81%超にもなる火力発電偏重の構成を改めよ、と言っているに過ぎない。

 

そのうえで、メタンハイドレートシェールオイルの国内採掘技術の確立といった超長期の国産エネルギー開発計画に着手することを望んでいる。

 

原子力を徹底的にゼロにしろと言い張り、一ミクロンたりとも譲ろうとしない反原発ゴロの連中こそ感情的になっているのではないか。

 

加谷氏は、時間をかけてコンセンサスを確立するなんて、ずいぶん呑気なことを言うが、マイナス20~30℃にもなる北海道の厳しい冬はもうすぐそこまで迫っている。

 

彼の言う「コンセンサス」ってのは、狂信的な反原発思想に凝り固まり、安全な原発をリスクの塊であるかのように感情的に罵倒するメンヘラ集団のヒステリーにとことん付き合えという意味だろうが、北海道民の生命や健康、財産がブラックアウトのリスクに直面している以上、バカを相手に議論する暇などない。

 

顕在化したリスクに向き合おうとせず、自らの不明をまったく反省しないクズなど罵倒されて当然だ、むしろ、罵倒されるだけで済むことをありがたく思ってほしい。

 

コラムを書いた加谷氏は、婉曲的に原発再稼働に疑問の眼を向け、「電力会社だけが電力を供給する主体ではなくなるため、ITを使ったスマートでオープンな自律型電力網の構築を模索せざるを得ない」と主張する。

 

だが、スマート電力システムは、あくまで十分な発電量の確保を大前提とし、それらを適切な配分システムに過ぎず、発電量の増大や発電システムの安定性を強化するものではない。

 

彼は、「EV(電気自動車)も同様で、電気の需要家であると同時に、使っていない時は電気の供給者にもなり得る」というが、現実を知らぬ理想論や空論の類いでしかない。

 

この手の与太話は、EVが供給側に回るタイミングと需要側が電力を欲しがるタイミングとが完全に一致しないと成り立たず、そんなベストマッチングが成立する確率はゼロに近い。

 

スマート電力は電力自由化に立脚したシステムであり、安値競争に巻き込まれる発電業者は企業体力を奪われ、やがて発送電システム全体を巻き込んだ弱体化につながりかねず、電力供給システムのリスクを極大化させるだけだ。

 

彼は、「(日本にはインフラ更新の財政的余裕がなく)既存のインフラを活用しつつ、リスクを分散していく工夫が必要」だと偉そうに訴えるが、それなら、40年以上にわたり我が国の発電量の2~3割を支え続けてきた「原発という既存インフラの再活用」こそが、リスク分散にとって何より早道かつ確実な最適解であろう。

 

原発稼働に触れたくないだけのメンヘラ連中による煽情的かつ感情的な罵詈雑言はもう聞き飽きた。

 

ブラックアウトという大失態を二度と惹き起こさぬためのエネルギーミックスを1~2か月の短期間で成し得る電源は何か、感情や思想を廃し、目的を明確化すれば、答えはすぐに出るはずだ。