うずらのブログ

積極的な財政金融政策による豊かで成長力に満ちた社会を目指します

新たな悲劇を防ぐために

9日夜に発生した新幹線3人死傷事件では、一人の身勝手な男が刃物を振り回して車内にいた女性2名を襲い、彼女らの命を救おうと犯人を止めに入った勇敢な男性の尊い命が奪われるというまことに痛ましい結果となった。

 

被害に遭われた梅田さんは、外資系大手化学メーカーの大阪オフィスに勤務し、出張先の横浜からの帰りに乗り合わせた列車内で偶然起きた凶行に巻き込まれた。

 

出張用務を終え心地よい疲れとホッとした気持ちで、大切な妻の待つ自宅へ向かう途中、いきなり自席の近くで見知らぬクズ野郎が鉈を振り回し暴れ始めるなんて、まったく想像できなかっただろう。

 

報道によると、犯人の隣席にいた女性たちが襲われ、隣の車両に逃げ込んだ女性たちをさらに追いかけようとした犯人を見て、梅田さんは、彼女たちを庇おうと、自らの命も顧みず咄嗟に犯人に組み付いたようだ。

 

事件の結果だけを見て、後講釈で「刃物を持って暴れる相手に素手で立ち向かうのは危険だ」、「相手は刃物を持っており、躊躇なく逃げるべきだった」と訳知り顔でコメントする者もいるが、その場に居合わせ、突然の凶行を目の当たりにし、理性的に判断する余裕すら与えられなかった梅田さんとしては、襲われた女性たちを何とか助けなければという必死な想いで身体が突き動かされたのではと想像する。

 

梅田さんのご自宅で、休日で深夜に及ぶ出張に出かけたご主人の帰りを待っておられた奥様のご心痛を思うと、かけるべき言葉すら見つからぬ。

 

ご遺族の方には迷惑なだけかもしれぬが、梅田さんの勇敢で正義感に満ちた行動に敬意を払い、公的な立場から哀悼の意を表しつつ表彰するような制度がないものかと思う。

 

最近、これ以外にも、新潟女児連れ去り殺害事件、目黒女児虐待死事件、静岡女性拉致殺害事件などといった陰惨な事件が続いており、暗澹たる気分に襲われるとともに、残虐非道な事件を起こした畜生どもは絶対に許せないという堪え切れないほど強い怒りが湧いてくる。

 

今回の事件を起こした犯人は、厚かましくも、自身の発達障害をネタに情状酌量を狙う気のようだが、自分勝手な理由で他人の命を奪った畜生風情の発育環境や発達障害云々などまったく言い訳にはなるまい。

 

犯人の事情など、被害者とはまったく関連も関係もない以上、事件の責任を負い、罪を被るのは100%犯人自身でなければならない。

 

残虐非道な事件を惹き起こした鬼畜どもには、何ら酌量の余地はなく、更生の可能性を検討するなど以ての外だ。

くだらない永山基準など持ち出す必要もない。間髪入れず極刑に処すべきだ。

 

それにしても、10年前に起きた秋葉原大量殺人事件にしても、新幹線車内の事件にしても、刃物の殺傷力の高さを改めて思い知らされる。

 

いずれの犯人も、捕まえてみれば、イキった兄ちゃんに恐喝されてそうな体格も風貌も弱々しい連中なのに、いざ刃物を手に振り回すと、周囲の誰も止められず実際に多くの犠牲者を出してしまう。

 

筆者も今回の事件の報を聞いて、自分が同じ現場に居合わせたら、梅田さんのように勇気を持って即行動に移せるだろうかと自問してみたが、頭では、目の前に被害者がいる以上、犯人を取り押さえるべきだと解っていても、凶器を手にした狂人にどう立ち向かうべきか、悶々と悩んでしまう。

 

無関係な他人にケガを負わせ傍若無人に暴れる犯人への怒り、負傷した被害者を一刻も早く救護せねばという焦り、自身がケガを負い命を落とすかもしれないという恐怖、そういった複数の感情が一気に脳内を支配し、身体が硬直するような感覚になる。

 

突然の凶行に対して咄嗟に勇気ある行動を取った梅田さんの足元にも及ばない。

 

ネットでは、事件の起きた車内にいた他の乗客の行動を巡り論争が起きている。

 

ツイッター女子「新幹線殺傷事件でなぜ他の男は誰も梅田耕太郎さんを助けなかったの?」の声に批判殺到』

https://matomame.jp/user/yonepo665/b941d532cad80324eb7e?page=1

 

論争のきっかけは、とある女性が自身のTwitterで、事件の起きた車内にいた(と思われる)他の男性が、梅田さんの加勢もせず事態の推移を傍観していたのかと不満を述べたことに対して、男性サイドから、“女は逃げ回るだけで、男は犠牲になってもいいのか?”、“男性差別じゃないか”と強い非難の声が上がっている、というものだ。

 

Twitter主に賛同する意見は、

「テレビ見てて思ったんやけどさ、新幹線でナタ?振り回してた人おったやん?それに立ち向かった男の人すごいと思うけど、周りに他に男の人とかいたはずだし数人で取り押さえれば立ち向かった男の人は死なずに済んだのかもしれないと思う… あの場にいたら動けないのも分かるけどね…」

 

「新幹線の殺傷事件、勇敢に立ち向かい亡くなってしまった男性に哀悼の意を表します。しかし周りに居た他の成人男性は逃げるか見ていただけなのかね?あと2人いたら制圧出来たと思うのは私だけ?インタビューであーだこーだ応えていた男性とか。いざという時に戦えない男達って何だろう?」

といった具合に、凶器を手にする犯人に勇気を持って立ち向かった梅田さんに加勢の手が差し伸べられなかったことを悔やみ、非難している。

 

一方、反対意見には、

「新幹線テロで他にも誰か加勢してやれよってツイみてちょっとモヤモヤ。

乗ればわかると思うけど、あんな狭い車内で男がナタ持ってたら誰もが足竦むし、他人どころじゃないと思う。自分の身守るので精一杯だよ。」

 

「例の新幹線の事件、女性を助けて命を落とした男性の勇気を讃えるのは普通なことだし俺もそういう人間でありたいとは思うけど、だからと言って「他の男たちは何してたんだ」と言う連中は何か違う、安全圏からそういう事言うなよ、並みの神経してたら普通は逃げるかビビって動けないかのどっちかだろ」

と、殺傷力の高い凶器に身が竦むのは自然なことで、周囲が加勢できなかったのも仕方ないと擁護するものが目立つ。

 

実際にナイフや鉈、斧といった刃物を使った事件で多数の死傷者が出ている以上、筆者も、事件のあった号車に乗り合わせ、何の加勢もできなかった男性たちがいたとしても、彼らを一方的に責める気にはなれない。

 

事件報道を受けて世の中に梅田さんの勇気を称える声が高まるにつれ、傍観せざるを得なかった人々の中には、「俺が勇気を振り絞っていれば梅田さんを死なせずに済んだはず」、「俺が意気地なしだったせいで梅田さんが命を落とし、ご遺族につらい思いをさせてしまったのでは」と悶々と悩み苦しんでいる方もいるだろう。

 

事件が起きた同じ列車に乗り合わせたという偶然のせいで、本来なら犯人が一身に抱え込むべき後悔や自責の念を背負わされる不幸な人々に、心の重荷をこれ以上課したくはない。

 

だが、例のTwitterリツイートを追うと、

「人間怖けりゃ逃げるし命はみんな大事なんだから守ろうとするでしょ。なんだよ他の男はなぜ助けに入らなかったのかってさ。男は肉壁じゃねーぞ。」

 

「新幹線の死傷事件、犯人が馬乗りになってる間に他の男が集団で取り押さえろとか言ってる奴いたけどな、それ最悪死体増えるだけだかんな。」

 

「1:1交換で他の個体を救う行為に意味があるとは思えず、「男性」が「女性」を守ったことが賞賛されているのか?」

 

「新幹線の事件で「男は女性を守るべき、他の乗客の男は何やってたんだ」って性役割押し付け言説がワラワラ湧き出してるのほんと笑える」

といった具合に、男性差別云々を盾にし、手足を動かそうとせぬ見苦しい声が並んでいる。

 

さすがに、こうした意見を目にすると、無辜の他人に刃を向ける狂人を前に、足を竦ませ、何とか自分だけは助かろうと言い訳がましい屁理屈をこね回すのがバカバカしくなってきた。

 

非力な身ではあるが、身を屈めて凶行を見過ごして延々と自責の念に苛まれるよりも、乏しい勇気を振りしぼるよりほかないと心が固まってくる。