うずらのブログ

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緊縮思想を断て!

『「消費税19%に」 OECD事務総長、麻生氏に提言』(4/13 朝日新聞

https://www.asahi.com/articles/ASL4F5JR8L4FULFA02B.html

経済協力開発機構OECD)のグリア事務総長は13日、麻生太郎財務相と会談し、日本の消費税率は将来的に、OECDの加盟国平均の19%程度まで段階的に引き上げる必要がある、と提言した。財務省によると、OECDが文書で19%という具体的な水準を示したのは初めてという。

 2019年10月に予定される消費税率の10%への引き上げについて、グリア氏は「適当だ」と話し、麻生氏は「予定通り引き上げられるように努力したい」と応じたという。」

 

どうせ財務省からOECDに派遣された連中が言わせたんだろうが、OECDみたいな国際機関の権威には一際弱い日本人のことだから、「消費増税国際公約です(`・ω・´)」という緊縮派発の大嘘にコロリと騙されるに決まっている。

 

グリア氏は数年前から財務省による増税プロパガンダに加担しており、2016年にも当時の石原経済再生相に消費税を15%まで引き上げろと提案している。

 

当時、経済のことを一ミリも理解できない石原のお坊ちゃんは、グリア氏の妄想を天の声であるかの如く承ったが、今回の麻生財務相も、我が意を得たとばかりにグリアの暴言に首を垂れるありさまだから、政権や自民党首脳部のバカさ加減には呆れるよりほかない。

 

我が国の経済は消費税率が5%→8%に上がっただけも経済停滞でアップアップし、物価目標の半分にも届かないのに、税率を20%近くに引き上げればいったいどうなるか、小学生でも容易に想像できるだろう。

 

緊縮派のバカなら、「税率の大幅引上げにより、日本の財政に対する信頼度や、社会保障制度の持続性に対する安心感も増すから、国民も積極的に消費できる」というアフリカ人も驚愕のアクロバティックな詭弁を弄するだろうが、税負担や社会保障制度を改悪されて歓ぶ変わり者は日本広しといえどもネジの緩い緊縮派くらいのものだ。

 

先日、財務省が「社会保障に関する財政制度分科会」に厚生年金の支給開始年齢を68歳へ引き上げるべきだと提案したところ、国民から強い反発と怨嗟の声が上がったのを忘れたのか?

 

ただでさえ、財務省による公文書改竄や首相周辺に対する不当な利益供与が問題視され、そればかりか、変態次官のセクハラ問題が勃発している最中に、国民の猛反発を買いかねない増税や年金制度改悪を強行しようとする図々しさに強い憤りを覚える。

 

経済や社会機構を破壊してもなお、緊縮財政を強要したがる財務省に存在価値は一ミリもない。

 

政界では、一連の公文書改竄問題で財務省解体論が囁かれているが、以前のノーパンしゃぶしゃぶ問題による金融庁分離程度の小手先の改革では、まったく物足りない。

 

財務省は完全に解体し、予算編成権は立法府に移譲、国有財産管理は国交省に移譲、国税機能は年金機構と合併して歳入庁へ、税関機能は内閣府経産省へ移譲すべきだ。

ついでに、造幣局印刷局JT、種類総合研究所等への財務省関連人材の天下りも一切禁じる必要がある。

 

特に、国家の経済政策を左右する予算編成権は財務官僚の手から取り上げねばならない。

税収の分配や国債・貨幣の発行、社保制度の充実は、国民の生命や生活に直結する超重要事項であり、財務官僚の恣意的な裁量に委ねるのは、悪魔に家の鍵を託すが如き愚行だろう。

 

この20年余りの政治家は、与野党を問わず財務省バリの緊縮信者ばかりで、予算編成権を政治家に渡しても、緊縮の潮流は直ぐには変わらないかもしれぬ。

 

経済財政諮問会議の場で、政権幹部の連中がPB黒字化や社会保障の縮減を得意顔で語り、与野党からそれを批判する声が一切出ない現状を鑑みれば、せっかく政界に予算編成権を与えても何の効果も出ない可能性が極めて強い。

 

だが、少なくとも政治家に対しては、(過大な期待はできないまでも)世論や選挙という圧力ツールが存在し、世論動向によっては緊縮政治の方向転換を迫れる可能性も僅かに残っている。

 

筆者は、世に蔓延する緊縮思想の源流を財務省単体の責任に帰すつもりはない。

 

その源流は一つではなく、政・官・財・報・学の多岐にわたっており、もはや主犯を特定するのは不可能だ。

 

むしろ、政・官・財・報・学に「民」を加えた全員が緊縮思想に染まりきっている、つまり、国民の大半が“主犯”だと考えざるを得ない。

 

よって、国民の意思で選出された政治家連中が、急に積極財政派に転向することなど期待していないが、予算編成を政治家が直接行うようになれば、現状のように、財務省という国民自身が直截に手を下せぬ高級官僚への遠慮や畏怖といった類いの防壁は取り払われるのではないか?

 

国民から見れば、強固な官僚組織のトップに君臨する財務省は、いわば深窓の頭脳集団であり、彼らに対する目に見えない劣等感や畏怖の念から、緊縮財政への批判を避けざるを得ないプレッシャーを感じていたのではないか。

それが、財務省の連中にとっては地球を守る大気のような防御層の役割を果たし、無遠慮かつ好き放題に緊縮思想を強要するのが見過ごされてきたのだ。

 

財務省に厳しい批判の目が注がれている今こそ、財務省にとって虎の子である予算編成権を剥奪するチャンスなのだ。