うずらのブログ

積極的な財政金融政策による豊かで成長力に満ちた社会を目指します

若者世代に無理難題ばかり押し付ける社会

奨学金で自己破産する人が増加、大学生の声「連帯保証人を書いて『借金』だと実感」』(2/24 AbemaTV)
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180224-00010001-abema-soci
奨学金制度を担う日本学生支援機構によると、奨学金が重荷となり自己破産する人が過去5年間で延べ1万5000人であることがわかった。さらに、2016年度は最多の3451人で、5年前より13%増えたという。(略)」

記事では、「人間としてダメかなと。借りたものは返すのが基本。事情はいろいろあると思うが、借りたからには頑張って返さないと」(18歳・男性/高校生)という意見が紹介され、コメント欄にも、「これはもう借りたら返すは当たり前と思う。」といった正論が並んでいる。

筆者も金融機関に勤務したことのある人間として、「他人から借りた金は返済するのが当然」だという思考が染みついている。
だが、いまの若者に、そういった常識論をぶつけ、多くの若者が自己破産に追い込まれるのを傍観し、自己責任論で簡単に片づけてよいものだろうか?

借りた金を返すのは当たり前だが、そもそも、大学進学が50%を超え、半ば義務教育化しつつある現代において、家計が借金までせざるを得ない事態を放置していることの方が問題だ。

下図のように、バブル崩壊後の景気低迷期と重なるように、大学進学者の奨学金受給者率が右肩上がりに上昇している。

 

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(ガベージニュースより)

大学の学費が国公立や私立とも平成元年比で1.5~1.6倍に上がっているうえに、サラリーマンの平均年収は逆に減っている(平成5年/452万円→平成28年/422万円)のだから、奨学金に頼らざるを得ない世帯が増えるのも当然だろう。

さらに厚労省のデータによると、男性の平均賃金は平成9年/月337.0千円→平成28年/335.2千円とわずかに減少しているし、男性(大卒)の平均生涯賃金も90年代初頭より下がる始末で、30歳代の生涯賃金はピーク時より4,000万円近くも下がっているとの指摘もある。

 

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労働政策研究・研修機構資料より)

本来なら、時代の推移とともに賃金水準が底上げされて然るべきだが、増えるどころか減ってしまうのだから、家計は堪ったものではない。


また、新卒者の初任給水準も、昨今の売り手市場という掛け声の割りに90年代初頭からほとんど増えておらず、多額の奨学金返済負担を抱えた新入社員の懐具合は非常に厳しい。

奨学金の平均返済金額は総額で324万円、毎月の返済額は1.5~3万円、完済までの期間は約18年といわれており、入社から40歳代になってようやく返済を終えるという途方もない負担を背負ったまま厳しいサラリーマン生活を課されることになる。

社会人生活の緒戦から重しをつけられた奴隷労働が始まるようなもので、恋人同士がともに借金を背負ったままという例も珍しくない。
これでは結婚や子育てなど夢のまた夢で、ますます晩婚化や非婚化、少子化に歯止めが掛からなくなるだろう。

 

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(ガベージニュースより)

厳しい社会生活を始める新社会人たちに向かって、借りたものは返すのが当たり前だとふんぞり返り正論を吐きかけるのは簡単なことだが、他人に常識論を説く前に、先ず、「初任給や給与水準は経済成長とともに年々増えるのが当たり前」という経済常識を成し遂げてみろと言っておきたい。

負担ばかり増えるのに、負担を返済する原資(収入)が増えないというのでは、あまりに不公正で片手落ちだ。

すぐに収入を増やせないのなら、せめて大学教育の無償化に取り組むべきだ。

大学無償化に掛かる費用は、国公立から私立まで含めて年間3兆円ほどと試算されており、大した金額ではない。
これで、教育の高度化が実現し、将来の日本を支える若者世代の経済的負担が減るのなら安いものではないか。

多くの国民に対して「日本はどんな国か、日本の強みや財産は何か」と尋ねたら。間違いなく、“我が国は資源のない国、教育や勤勉こそ日本の宝、人材は国家を支える礎”という答えが返ってくるだろう。

それなら、国家の未来を支える主役となるのは若者層であり、彼らの生活を蔑ろにすべきでないことくらいすぐに理解できるはずだ。

若者世代の経済的負担を減らせるのならば、3兆円くらいのちっぽけな支出をケチることもあるまい。