うずらのブログ

積極的な財政金融政策による豊かで成長力に満ちた社会を目指します

国民の勤労を食い逃げしようとする低能児

内閣府調査で50%超が「収入に満足」と回答 ネットでは失笑も』(H29.8.30 livedoornews)

http://news.livedoor.com/article/detail/13541844/

「現在の「所得・収入」で「満足」している人が51.3%にのぼることが、内閣府が2017年8月28日に発表した「国民生活に関する世論調査」でわかった。

内訳は、「満足している」と回答した人が7.9%。「まあ満足している」と答えた人は43.4%だった。(略)

こうした調査結果に、インターネットの掲示板などでは、「どこ情報よー www」「内閣府調査かよ。大本営ね。増税のためにとうとう数字いじり始めやがったかw」「おいおい、演出も度が過ぎると逆効果すよ」「これが理解不能国家日本」「忖度しました」などと、失笑や懐疑的な声が少なくないほか、「上昇志向なし。働いたもん負け」「まあ上望んでも無理だし、今の年収あればいいわってとこでしょ」「定年までダラダラ過ごしてのんのんとしてたい」といった声が寄せられている。(略)」

 

下の図は、厚労省のデータ(※サラリーマンではなく、「世帯」ごとの平均所得)だが、H27の平均世帯所得(全世帯)は545万円で、昭和63年(27年前‼)とほぼ同額という体たらくだ。

 

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平成28年国民生活基礎調査(厚労省)より〉

 

冒頭にご紹介した内閣府の調査では半数超が現在の収入に満足しているそうだが、何処の世界に、30年近く前から収入が増えない先進国があるのか?

 

記事中にもあるとおり、ネット上で調査の真偽を疑う声が多数上がったそうだが、それも当然だろう。

 

誰が調査に答えたのか知らぬが、この程度の所得水準で満足する者が過半数を占めるなど到底あり得ない。

国民は、“もう日本は成長できない”→“給料が上がるのも望めない”と自棄になることなく、収入UPを求める声を堂々と上げてほしい。

 

もし、こんなに少ない収入で満足できるのなら、選挙のたびに「景気を良くしてほしい」とか「社会保障を充実させてほしい」とせがむのは止めるべきだ。

 

平均世帯所得は、S60/493万円からピークのH6/664万円まで1.34倍、年率換算で+3.8%のペースで増えていた。

仮に、H6以降、まともな財政金融政策が実行され、せめて年率2%くらいのペースで所得が拡大していたとしたら、いまごろ平均世帯所得は1,051万円と1,000万円を優に超えていた計算になり、現実の平均所得(545万円)の倍近い所得を得られていたはずなのだ。

 

これだけあれば、ランチを無理やりワンコイン以内に収める必要もないし、牛丼チェーンが安値競争に凌ぎを削るような虚しい努力から解放される。

つまり、生産サイドは、誰の得にもならないコスト削減競争ではなく、皆の満足感向上につながる高付加価値競争に経営資源を投じることができる。

そうなれば、収益率も上がり社員への分配余力も生じるから、更なる所得アップへの期待も高まるだろう。

 

日本人の所得の長期停滞を、労働時間減少や生産性低下のせいにしたがるバカ論者も多いが、現実に労働現場にいた者からすれば、そんな詭弁が真っ赤な嘘であることくらい誰にでも解る。

 

職場にPCが普及し、業務のIT化が浸透しても、労働時間は一向に短くならず、早出・深夜残業や休日出勤を繰り返さざるを得ない労働者はごまんといる。

そんなことは、早朝や休日の電車に乗り、深夜のビジネス街を徘徊すればすぐに解る。

 

日本人の所得がまったく増えていないどころか、ピーク時より2割近くも減っているのは、日本人が怠けているわけでもなく、仕事の効率化が進んでいないせいでもない。

歴代政権が緊縮思考に固執して財政支出を絞り込み、民間需要縮小の引き鉄を引いた、あまりにも単純すぎる経済失政によるものなのは、誰の目にも明らかだ。

 

特に、緊縮政策や構造改革万能主義に染まった橋本内閣や小泉バカ内閣以降の政権担当者は、歴史的に長期かつ深刻な需要不足を惹き起こしておきながら、「財源はどこにある~」、「子孫に借金をツケ回しするのか~」と開き直って、実体経済への資金供給(=所得に直結する財政政策)をケチり続け、それが我が国を長期的な需要不足経済に縛り付け、売上低下や所得減少を誘引したのだ。

 

かれこれ30年以上所得が増えない、それどころか減っているのに、当の国民が強い怒りを示さず、内閣府の調査に「今くらいの収入で十分ですよ( ´艸`)」と揉み手して媚びているようでは本当に情けない。

 

本来なら、「財政支出を増やして景気を刺激しろ、社会保障負担を減らせ」、「貨幣なんて誰の負債でもないから、どんどん発行して仕事を増やせ」と強く要求すべきだが、一般的な国民は“国債発行は国の借金を増やし、自分たちの税負担を重くするだけ”という如何わしい宗教を信じ込んでおり、洗脳が解ける気配すらない。

 

国の借金という幻に怯え、財源論の壁に立ち竦む国民の邪念をブレークスルーできるのは、機能的財政論による思い切った財源創出と、国民生活向上に寄与する諸政策の実行しかない。

 

機能的財政論に対して、食い逃げだの無銭飲食だのとまったく見当違いの批判を浴びせる低能児もいるが、残業や休日出勤だらけの国民を低賃金で扱き使う賤しい低能児こそ、国民の勤労にタダ乗りする無銭飲食者であり、食い逃げ野郎だろう。

 

マネーストックやマネタリーベースが増加しているとはいえ、その大半は返済義務を伴うお金(借りたお金)であり、純然たる所得と呼べるお金の総量は増えていない。

 

これを爆発的に増やさぬ限り、労働分配の原資は増えず、日本人の所得が本来得て然るべき水準まで戻ることもない。

それを成し得る手段として選択すべきは、機能的財政論による聖域なき持続的な財政支出と適切な金融政策であり、財政支出の果実を隅々まで行き渡らせるための分配政策と同時に実行すればよい。

 

機能的財政論に的外れな批判しかできないアホは、日本人の所得をきちんと増やせる具体案を示すべきだが、私怨を滾らせて財政政策を否定しているうちは、正解に辿り着くことは永遠にないだろう。