うずらのブログ

積極的な財政金融政策による豊かで成長力に満ちた社会を目指します

人口で経済騙るエセ論者

様々な経済系記事やコラム、ブログなどに目を通すと、アベノミクスを実感できているか否かに個々人で大きな差異があることが判る。
差異があるとは言っても、決してYesとNoが拮抗しているわけではなく、圧倒的多数の「No」に、少数の「Yes」が紛れ込んでいるという方が正確だろう。

日銀が3か月ごとに行う「生活意識に関するアンケート調査(第 69 回)2017年3月調査」によると、現在の景況感(1年前対比)について「良くなった」との回答は6.2%(前回比+1.8%Pt)、現在の景気水準について「良いorどちらかといえば良い」との回答は合わせて11.5%(前回比+3.1%Pt)と若干改善したが、現状の景気状態を積極的に評価する回答は1割程度か、それ未満に止まる。

アベノミクス効果(そもそも、こんなものは無いというのが筆者の意見だが…)には、東京を初めとする大都市圏と地方との間で大きな地域格差があるとよく言われる。

しかし、上記の日銀調査は全国規模で行われているにもかかわらず、景況感を消極的に捉える意見が9割にも達しているところを見ると、バブル期並みの好景気だと言われる首都圏でも、アベノミクスの果実とやらにありつけているのは、ごく一部に過ぎないことが判る。

それを証拠に、東京都産業労働局の「東京都中小企業の景況(H29/5)」によると、4月の都内中小企業の業況DIは、当月▲26(前月▲33)と7ポイント増加、今後3か月間の業況見通しDIは、当月▲15(前月▲14)とほぼ横ばいと非常に冴えない。
特に、業況DIは直近ピークのH26前半頃の▲12という水準に遠く及ばない。

何より驚かされたのは、東京都下という非常に恵まれた事業環境にある企業ですら、業況DI・業況見通しDIの値が、少なくとも10年前から一度たりともプラス化していないという事実である。

これは、内閣府景気ウォッチャー調査でも同じで、南関東地域の景気判断結果を見ると◎(とても良い)や○(良い)の合計37個に対して、□(普通)や▲(悪い)・×(とても悪い)の合計は101個と圧倒している。

個別の回答でも、
「暑くなってきたので、1人1品という感じで水だけ、アイスだけという客が増えている」(東京/コンビニ)
「販売量は伸びつつあるが、その分買上単価が落ち込み始め、トータルするとほぼ同じという状況」(東京/スーパー)
「天候にも恵まれ、人出もそこそこあるが、売上、来客数共に落ちてきている」(東京/小売)
「新車、中古車、サービスとも需要の落ち込みが激しく、厳しい状態が続いている」(自動車販売)
等といった具合で元気がない。

たまに、“東京や首都圏は景気回復を実感している者がほとんど”なんて寝言も聞くが、アベノミクスの恩恵に浴しているはずの首都圏ですらこの体たらくだから、地方の疲弊ぶりは推して知るべしだろう。

安倍内閣は、選挙対策の表看板用に「地方創生」を掲げているが、その実態はお寒いものだ。

政府の「まち・ひと・しごと創生本部」がまとめた「総合戦略」では、2020年に向けた地方創生の目標として、
(1)地方にしごとをつくり、安心して働けるようにする
(2)地方への新しいひとの流れをつくる
(3)若い世代の結婚・出産・子育ての希望をかなえる
(4)時代に合った地域をつくり、安心な暮らしを守るとともに、地域と地域を連携する
という4つの基本目標を掲げている。

しかし、実際に政府がやったことといえば、TPP交渉で農業や建設業に関する関税や規制の撤廃を掲げて地方経済を恫喝し、働き方改革と称して非正規雇用を増やし雇用を不安定化させ、外国人材の活用と称して賃金上昇にタガを嵌めるなど、地方創生と逆行する施策ばかりではないか。

内閣府特命担当大臣山本幸三(地方創生担当)は、自身の講話資料で『地方創生』=『地方の平均所得を上げること』と定義し、 “稼ぐ”取組が重要だと言い放ったそうだが、他人の苦労を知らぬドシロウト大臣のKY発言には激しい憤りを覚える。

いまどき、稼ぐための努力を怠る企業なんて、ごく僅かしかいない。
どの企業も必死になって売上確保や収益捻出に奔走し、四苦八苦しているが、20年以上にも亘りマクロ経済が停滞する中では、どれだけ努力しても結果に結び付くとは限らない。

何かと失言の多い山本大臣辺りの本音は、
「地方の中小企業は、公共事業頼みの体質が抜け切れていない」、
「いつか政府が何とかしてくれるという甘えの構造を断ち切らねば」、
「経済にフリーランチはない」、
といったところか。

しかし、マクロ視点で見て、きちんと仕事をこなしている国内企業の収益が一向に上がらないのは、政府のマクロ経済運営が根本的に間違っていることにその原因を求めるべきで、個別企業の経営能力の所為ではない。

つまり、長期に亘る一国単位の経済不況をもたらしているのは、地方企業の甘え体質ではなく、国民の労働や企業の経済活動が適切な水準の付加価値を産み出せないような経済環境を放置して、国民や企業の努力にタダ乗りしてタダ飯を喰うだけの政府の経済失政であり、「経済にフリーランチはない」というセリフは、国民や企業から、ナマケモノの為政者に対して吐き掛けるべきものなのだ。

政府に、国民や企業の努力へのタダ乗りをさせてはならない。

国民や企業は、経済活動に見合った対価を産み出せる経済環境を整えるよう、積極的な財政金融政策の実行を強く政府に要求すべきで、地方創生はその橋頭保としての役割を期待されている。

だが、世の中には頭の悪い論者もいるもので、
「いまの産業構造は第三次産業(サービス業)主体で、サービス業の本質は、“その場で生産→その場で消費”という「人対人」によるものだから、人がいない地方で商売が成り立つわけがない。地方には人がいないし、少子化対策をいくらやっても人は増えないから、地方が衰退するのは当然。いくらカネをつぎ込んでも、結局はムダになる」
と嘯き、地方創生の足を引っ張ろうとする。

都道府県別の産業構造別就業者割合を見ると、三次産業の割合が高いのは「東京84.3%」、「沖縄82.1%」、「神奈川78.3%」と大都市圏を抱える地域が目立つが、北海道や高知、鹿児島、長崎辺りの地方でも73~77%と高い数値になっている。

一方、三次産業の割合が低いのは「山形62.5%」、「長野62.6%」など地方が目立つが、茨城や栃木、群馬、山梨、静岡、岐阜、兵庫、新潟、奈良など大都市圏近郊で人口規模の大きい県でも割合が低い(63~66%ほど)地域は存在しており、三次産業の割合と人口規模との間に明確な相関関係は認められない。

経済を推し量る物差しとして、条件反射的に「人口」を用いたがるのは、経済シロウトと言える。
彼らは想像力が貧困ゆえに、人がモノやサービスを購入する際に使う金の量は未来永劫一定だと思い込んでいる。

彼らの頭の中には“経済成長や所得増加”という概念が無い。

経済シロウトの連中は、いまのサラリーマンの小遣いが月3万円だとすると、10年後も20年後も3万円のままだという、本来あってはならない状態を前提に経済を騙るから、いつまで経っても「胃袋経済論(人の数や胃袋の数が経済規模を決めるという妄想)」から抜け出せないし、人口縮小に見舞われる地方経済は衰退するしかないと決めつけるのだろう。

以前のエントリーでも述べたが、経済成長の原動力となる“需要力”を決めるのは単純な人口や胃袋の数ではなく、「人口×消費に廻せる所得の多寡×消費回数」であろう。

通常なら経済成長は所得向上を伴うから、経済規模の拡大に沿って国民所得や企業収益も増加するし、一人当たりや一社当たりの購買力も当然拡大するはずだ。
今は昼飯を300円未満の牛丼で我慢せざるを得ないサラリーマン諸氏も所得が増え、小遣いが増えれば、500円の弁当や900円のランチといった“より高付加価値のサービス”を消費できるようになり、供給制約云々に関係なく経済規模を拡大させることができる。

こうした現実を顧みないシロウトが、胃袋経済論を盾に地方への資金還流や地方創生を否定したがるが、公共事業や地方交付税交付金の増額により、地方に多額の資金を投じ続けてやれば、地方に雇用や人の流れを呼び込むことは十二分に可能だ。

その際に留意すべきことは、国家戦略特区みたいに、やたらと高いハードルを地方に課さぬことだ。
地域の特性を活かすとか、他にはない強みを発揮できる事業や産業云々といった面倒な規制を設けず、“誰にでもでき、何処ででもできる”ありきたりな産業で善しとせぬ限り、人材や経営資源に制約がある地方経済を活性化させることはできない。

たとえ、それが土木工事や介護職でもよいし、林業や農業、公務員でもよい。
都心から地方へのU・Iターン就職を目指す者、地方で職にあぶれた者であっても、すぐにチャンスを掴めるような就業ハードルの低い職種を大量に供給することが、より実効性の高い地方創生につながるのだ。

経済なんて、所詮、きれいごとでは語れない。