うずらのブログ

積極的な財政金融政策による豊かで成長力に満ちた社会を目指します

新自由主義こそがポピュリズムの先駆け

ここ1~2年、欧米諸国の大統領選や国政選挙で、政権側や既成政党が苦戦する事態が相次ぎ、マスコミや識者から「ポピュリズムの台頭」を懸念する発言が目立っている。

『日本でもポピュリズムは起こり得る。熱狂はいつまで続くのか~水島治郎・千葉大学教授に聞く』(5/29 聞き手/ダイヤモンド・オンライン特任編集委員 西井泰之)
http://diamond.jp/articles/-/129644?utm_campaign=doleditor
インタビューの詳細は上記URLからご確認いただきたいが、水島教授は聞き手の質問に対して次のような趣旨で回答している。

(Q)オランダに続きフランスでもポピュリズム政党の政権獲得は実現しなかったが?
(A)表向きは、ポピュリズムの「熱狂」は勢いを失ったようにも見えるかもしれないが、政党政治に焦点をあてると、まったく逆で排外的ポピュリズムの主張が既成政党に影響を与え「主流化」している。欧米では、既成政党の力の衰退が目立っている。

(Q)ポピュリズム台頭の背景をどう考えるか?
(A)2000年代以降、EU統合やグローバリゼーションが加速し、先進国の中流層グローバル化や技術革新の負の影響を大きく受けた。
企業が途上国に生産をシフトしたために賃金が伸びず、雇用自体の縮小したため、繁栄や成長から「置き去りにされた」と感じる層が出現し、既存の政党や団体は人々から不信感を抱かれる存在となった。
それに代わる形で、ポピュリズム政党が不満を吸い上げる受け皿になり、ポピュリズムはもはや現代の先進国にビルトインされた観がある。

(Q)日本の現状をどう見るか?
(A)地方や非正規の不満、政治不信を結びつけるような形で、カリスマ性を持った指導者が日本にも出てきたら、今の欧米のようなポピュリズムが高まる恐れがある。
 安倍政権は、そのあたりを意識して「働き方改革」を進め、「同一労働同一賃金」に取り組んでいるはずだ。
 アベノミクス自体は、誰も痛みを伴わない国債増発による財政出動と超金融緩和で、「人気取り的政治」という意味でポピュリズムを理解するなら、消費増税を2回も先送りしている安倍氏は「ポピュリスト」と言える。
しかし、高齢化が進み、社会保障の充実や再分配政策を求められれば、財政ばらまき型の政治手法はもたなくなるだろう。


筆者は、こうしたやり取りを眼にするたびに、マスコミ界隈や識者とされる連中の意識レベルの時代錯誤ぶりに目が眩む想いがする。
どれくらい世間知らずな人生を送れば、彼らのように、周回遅れの認識を人前で堂々と語れるようになるのかと不思議で仕方がない。

彼らは、「ポピュリズム」が、つい最近台頭してきたかのように驚いて見せるが、筆者にしてみれば、知識人を気取る連中が、あまりにも呑気な見方をしているという事実にこそ驚愕を禁じ得ない。

ポピュリズム」とは、大衆に迎合して人気を煽る政治姿勢と解されるのが一般的だが、1980年代に萌芽し、1990年から2000年代にかけて世界を席巻してきた「新自由主義思想」こそが“ポピュリズムの一週目”なのであり、マスコミや識者連中が、今頃になって問題視しているポピュリズムとやらは、先進国の低中間層から雇用や所得を奪った新自由主義的政治手法に対する“ほんのささやかな抵抗の第一波”に過ぎないのだ。

洋の東西を問わず、先進諸国の国民は、「規制や過度な社会保障・福祉・富の再分配は政府の肥大化を招き、企業や個人の自由な経済活動を妨げる」、「市場での自由競争により、富が増大し、社会全体に行き渡る」という新自由主義者の吐く大嘘に踊らされて、公務員や農業者、土建業者、医療関係者、卸売・小売業者、自治体、中間団体などを“既得権益に巣食う悪人”と決めつけ、『緊縮財政・構造改革規制緩和グローバル化』といった性質の悪い魔女狩りのお先棒を担がされてきた。

その結果、国民自ら安定した社会機構を失い、雇用や所得は不安定化し、移民の流入により治安の悪化やポリティカル・コネクトネスによる言論統制にも見舞われ、先を見通しづらい重苦しい社会に押し潰されそうになっている。

“安定した職や収入を得たい”、“移民に治安を脅かされない安全な生活を送りたい”というまことにささやかで素直な国民感情まで「ポピュリズム」呼ばわりするつもりなら、それは、新自由主義的思想が強引にもたらしたポピュリズムへの反省が巻き起こした「醜悪な新自由主義ポピュリズムに対する修正運動」と呼ぶべきだろう。

また、インタビューの中で水島教授は、安倍政権が、誰も痛みを伴わない国債増発による財政出動と超金融緩和で人気取り政治に邁進しているかのように騙っているが、事実誤認も甚だしい。

別のエントリーでもたびたび指摘しているが、アベノミクスの本領は、「緊縮財政・構造改革規制緩和グローバル化」にあり、片手落ちの超金融緩和はともかく、国債増発による積極的な財政出動など何処を探しても見当たらない。

国債増発分は、高齢化に伴う社会保障費の自然増や借換債発行のための義務的経費に費やされるものばかりで、国民や企業の痛みを緩和するような趣旨の財政政策なんて一mmも行われていない。

それを証拠に、政権の経済方針を色濃く反映している経済財政諮問会議の議論においても、歳出改革やPB目標の堅持、移民受け入れ促進、社会保障費削減ばかりが議論されており、水島教授が懸念するような「人気取り政策」など微塵も語られていないのだが…

水島教授は、「格差が放置され、多くの人の所得が伸び悩んで社会が余裕を失いつつある状況では、「反外国人」「反移民」が人々を政治的にまとめあげる主張として力を持つ可能性は今後、十分にあるのではないか」と他人事みたいなセリフでインタビューを締め括っているが、多くの国民が持つ不満や不安、怨嗟の声をどう解消すべきかについては一言も語っていない。

筆者は、マスコミや識者連中のこうした無責任な態度が、「醜悪な新自由主義ポピュリズムに対する修正運動」をあらぬ方向へ捻じ曲げはしないかと危惧している。