うずらのブログ

積極的な財政金融政策による豊かで成長力に満ちた社会を目指します

我が国に必要なのは「おカネを使う人」

ここ数年、厚生年金や国民年金保険料の料率改定に伴う負担増が相次ぎ、“第二の税”と呼ばれる社会保険料の負担が家計や企業に重く圧し掛かっている。

(公財)生命保険文化センターのHPによると、勤労者世帯の実収入に占める非消費支出(=社保+直接税)の割合は、2005年/15.7%→2010年/17.4%→2015年/18.8%と右肩上がりに増えている。

一方の収入(月収)はというと、2005年/473,260円→2010年/471,727円→2015年/469,200円と右肩下がりに減っている。(※安倍政権時の収入水準が、いつもバカにされている民主党政権時より低いのは“ご愛敬”)

つまり、家計は『収入源と負担増』の下で収入がGROSSでもNETでも減るという惨事に見舞われているのだ。
【参照先】http://www.jili.or.jp/lifeplan/houseeconomy/asset/9.html

社保料と直接税(住民税など)で構成される非消費支出は、2005年/74,404円→2015年/88,007円と14,000円余り増えているが、うち、社保料増加分が9,000円、直接税増加分が5,000円という内訳で、特に社保料負担が家計の重荷となっている。

政府をはじめ厚労省財務省の連中は、いつまで経っても、高齢者を現役世代が支えるという崩壊モデルに固執したままだから、今後も社会保険料負担が増すことはあっても軽くなることはない。

高齢世代(65歳以上)と現役世代(15~64歳)の人口比率の推移を見ると、1950年時点では12.1人の生産年齢人口で1人の高齢者を支えていたのに、1990年入は5.8人、2000年には3.9人、2015年時点では2.3人と神輿の担ぎ手が激減し、2060年には1.3人 (およそ4人で3人を支える計算) にまで減少する見通しだ。

これとて、現役世代の幅を64歳までかなり広く取ったうえでの数値であり、本来の退職年齢(60歳)でカウントすれば、さらに深刻な数値になるだろう。

これだけハイペースで支え手が減少し続けてきた以上、遅くとも1990年辺りで社会保険制度の在り方を根本的に見直す必要があったはずだが、政官財ともに面倒な問題を先送りしてきたわけだ。

そればかりか、昨今、自民党厚労省辺りから、年金支給開始年齢を70~75歳にまで、さらに引き上げようとする動きもあるから、頭のおかしな連中のバカさ加減は底知れない。

「最近の高齢者は元気だから」とか、「日本人の平均寿命は延びているから」とかいう根拠不明な幻想を理由にして年金支給を渋るのは絶対に許されない。

「年金制度改革、受給開始年齢引き上げより厚生年金適用拡大を」(BLOGOS 室橋裕貴氏)
http://blogos.com/article/206368/という記事には次のような指摘がある。
高齢者の平均余命は意外と伸びていない。
いわゆる平均寿命というのは、0歳時点から見た平均余命のことだが、これには長生きだけではなく、乳幼児死亡率も大きく関係する。
実際、1891~98年の平均寿命は42.8歳、2010年には79.6歳だが、75歳時点の平均余命で見ると、1891~98年は6.2年(=81.2歳)、2010年は11.5年(=86.5歳)と5年程度しか伸びていない(既に受給開始年齢を60歳から65歳へ引き上げており、肉体的な理由でさらに上げる必要性は低い)。
つまり、平均寿命が大幅に伸びたのは乳幼児死亡率が大きく改善されたからで、肉体的に長生きできるようになったからではない(高齢化が進んでいるのは乳幼児死亡率を上回るレベルで少子化が進んでいるからである)。
さらに、健康年齢に関していえば、現在でも71歳である(健康寿命も2001年から2013年で1年しか伸びていない)。」

つまり、平均寿命が延びているとか、お年寄りが元気だから年金支給を遅らせても構わない、なんて愚論は、年金を支払いたくないだけの単なる守銭奴論でしかないことが判る。

年金財源の収支がアンバランス化したのは、長期不況による現役世代の雇用悪化や収入減少、経済不安による晩婚化や少子化、経済悪化による消費や投資の減退がもたらす資金需要の低迷、金利の落ち込みによる年金基金の運用難といった経済不調によるものだ。

このまま指を咥えて不況を放置し続ければ、「不況→減収→消費低迷→業績不振→ゼロ金利継続→基金運用難→年金支給条件厳格化→消費低迷→不況…」という負のループを堕ち続けるしかない。

少なくとも、向こう数十年間は人口構成のアンバランス解消の見込みがない以上、年金や医療といった社会保険財源の負担を現役世代や高齢者自身に押し付けるやり方は、もはや通用しない。

現役世代の実収入をグングン上げる政策が必要なのは無論のこと、国庫負担割合を大幅に増やして、非消費支出の割合を現行の18~19%あまりから、半減させる、あるいは1/3くらいまで思い切って縮減する(=月額4~5万円の増収)ような大胆な増収策が必要だ。

さらに、年金支給開始時期を60歳に戻し、一般的な退職年齢に合わせるとともに、現役世代の収入と年金支給水準とのリンクを止めて、国民に支給する年金額を一律に均すべきだ。

平成25年度の年金平均受給額(月額)は、国民年金で54,000円、厚生年金で145,000円とまことにみすぼらしい。
こんな額では安心して老後を送ることなどできず、現役時代から老後資金の貯蓄に励まざるを得なくなり、その分だけ実体経済の消費が抑制されてしまい、内需拡大の重荷となる。

先の社会保険料の国庫負担割合UPとともに、国債増発や通貨発行を財源に、年金基金に大量の原資を投じて、現役世代の収入に係わりなく、誰もが月に25万円くらい受け取れるような年金モデルが必要だろう。

現役世代の収入が多い者は余剰分を貯蓄すればよいし、60歳以降も働きたい者は、年金を受け取りつつ、再雇用で得た収入を加えて優雅に暮らせばよいだけの話だ。

極度の需要不足に苦しむ我が国に必要なのは、“元気に働く高齢者”ではなく、“気前よくお金を使ってくれる高齢者”なのだ。

プライドばかり高くて手足の動かぬ口うるさいご老体が、いつまでも職場でふんぞり返っていては、現役世代も堪らない。
高齢者が職場でとぐろを巻き、カネも使わず昭和の自慢話ばかりする暇があるのなら、街に出て飲み食いでもしてもらう方が社会にとってよほど有益だろう。