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うずらのブログ

積極的な財政金融政策による豊かで成長力に満ちた社会を目指します

論壇の衰退ぶりは最悪

『お前らの賃金は上がらないのに「完全雇用」で人手不足の日本~女性、高齢者が赤紙総動員 安全な経済的転び方はあるのか』(文春オンライン 山本一郎 4/6)
http://bunshun.jp/articles/-/2010
「(前略) 仕事や観光で地方都市にいくと、その地域ではどんな求人が出ているのかを調べるのが楽しみのひとつなんですけど、短期のリゾートバイトの給料が時給900円なのに対し、それ以外の求人は最低賃金に近い760円のものばかりが乱舞している状況でした。(中略)
それでいて、地方暮らしの物価はそれほど安くもない。安いのは家賃と地産の品々ぐらいでしょうか。(中略)
 しかしながら、実際に統計を見てみると2月の完全失業率は2.8%、有効求人倍率も1995年ごろの水準に迫る勢いで人手不足が深刻化しています。コンマ何%で賃上げ云々と言っている場合ではないぐらいに働き手が必要とされているのに、思った以上に雇用の安定はまだ実現できておらず、働く時間は減らす方向へ動いています。(後略)」

企業経営者は口を開けば“人手不足”を嘆くが、労働者の賃金が思った以上に上がっていないとの山本氏の指摘は正しい。
筆者も、スーパー、コンビニ、レストランなど行く先々で求人票をチェックするが、最低賃金付近の“安バイト”ばかりで、他人事ながらイライラさせられる。

東京辺りなら時給1,200~1,500円も珍しくないが、地域の賃金水準は800円にすら届かぬケースが多い。

都会の人間には、田舎は物価が安いと勘違いしている者も多いが、山本氏も指摘しているとおり、田舎は意外と物価が高い。

実際にスーパーやGSに行ってみれば判るが、食材、日用品、ガソリン、外食費、家賃(中核都市よりも割高)、服飾費、公共交通機関の運賃等々、都心や中核都市よりかなり割高で、筆者も出張で地方のスーパーに行くと、値札の高さに驚かされる。
『特売品』と銘打ったカップラーメンに、平気で150円くらいの値がついていることもザラだ。

こんな状態だから、地方や田舎の住民は『雇用なし・安月給・物価高』の三重苦で、アベノミクスのおかげで雇用改善云々といった類の根拠なき妄想を信じる者はいない。

人手不足の割に賃金が上がらないという山本氏の問題意識は良いのだが、コラムの後段になると、急に話が腰折れし、
「人手不足の日本は文字通り「完全雇用」なんだけど、人口も減っているので総需要が減少してて言われているほど売り上げは上がらない、という残念なスパイラルが発生している」、
「安倍政権が能無しというよりは、できること全部やったって人口減少局面の日本が猛烈な経済成長するなんてシナリオになるわけがない」、
「ドーンと賃金を上げようとするにしても、社会保障の受け皿を公的にしっかり用意したうえで、もう少し機動的に人を雇用したり解雇したりできる仕組みがないと厳しい」
などと諦めムード一色になっている。

山本氏は、“人口減少=需要減少”という初歩的な胃袋経済論に囚われ、マクロ経済政策の可能性を頭から否定しているが、日本の人口減少率は、当面の間年平均で0.5%未満でしかなく、この程度なら、適切な経済政策を打ち、一人当たりの所得を十分増やしてやれば十二分にカバーできる。

『人が減るから、カネがない。カネがないから、成長できない』なんてのは、経済のイロハを知らぬマヌケか、やる気のないナマケモノの吐くセリフだ。

人が居ようが居まいが、経済成長のために必要な資金なら、いくらでも創造できるのが、管理通貨制度下の国家や経済体制の在り方で、人口減少なんてまったく言い訳にならない。

また、彼は、「もう少し機動的に人を雇用したり解雇したりできる仕組みがないと厳しい」などと戯けたことを言っているが、コラム冒頭で地方の賃金水準が低すぎると嘆く態度と明らかに矛盾している。

さらに、彼は、「何かあっても誰も助けてくれないかもしれない。自衛せざるを得ない状況であるからこそ、日本のタンス預金は急増して2月末時点で43兆円(前年同月比8%増:第一生命経済研究所調べ)にもなってしまいました」と驚いているが、機動的に解雇されるような不安定な雇用条件の下では、家計は消費に対して、より慎重かつ保守的になり、マクロの需要は間違いなく縮小する。

恐らく、消費縮減のスピードは人口減少のそれを上回り、一方で、タンス預金はますます増え続けるだろう。

山本氏のコラムを眼にして、我が国の論壇には、本当にまともな人材がいないと嘆息せざるを得ない。

大手メディアで目にする政治経済系の論文やコラムは、アベノミクス礼賛型の幻覚論か、アベノミクス批判型の体を装いつつ成長放棄を促すようなインチキ論ばかりだ。

メディアには、してもいない成長をしたと言い張る「成長詐欺論」や、成長を嫌悪する「貧困運命論」、どうせ成長できぬならと隣人まで道連れにしようとする「平等貧困論」等々、くだらぬ愚論が溢れ返っている。

もはや悲観を超え、絶望感すら漂う現状ではあるが、経世済民の実現に向け機能的財政論を訴える気持ちが、却って滾ってくるから不思議なものだ。