うずらのブログ

積極的な財政金融政策による豊かで成長力に満ちた社会を目指します

外需は無限じゃない

今回は、読者のおひとりである田中リンクス様からご紹介いただいた記事を取り上げたい。

『日本の「1人あたり」輸出額は44位に過ぎない 本当に「ものづくり大国」といえるのか』
東洋経済オンライン 1/30 デービッド・アトキンソン/小西美術工藝社社長)
http://toyokeizai.net/articles/-/155352

「(前略)米国中央情報局(CIA)によりますと、2015年の日本の輸出額は世界第4位です。この実績を基にして、「いまだにメイド・イン・ジャパンは世界で高く評価されている」という主張をされている方も多くいます。
(中略)
確かに、日本は輸出の絶対額では「世界第4位」です。しかし、その輸出額は、ドイツの輸出額の48.3%にすぎません。日本の人口はドイツの約1.57倍であるにもかかわらずです。
(中略)
世界の上位100カ国の中で、総輸出額では第4位の日本が、1人あたり輸出額となると「第44位」に転落しているのです。
同じ「ものづくり大国」といわれるドイツは第14位で、韓国は第24位です。イタリアは第32位、イギリスは第35位、スペインは第40位です。
日本は技術レベルが高い国なのに、これらの国と比べて、1人あたり輸出額が低いのです。」

アトキンソン氏は、日本が名実ともに「世界に冠たる輸出依存国」にならないと満足できないらしい。

氏は、「日本が急速に少子高齢化しており、これから人口が減少していくのに対し、米国はいまだに人口増加が継続しています。3億2000万もの人口を抱えた米国経済は輸出に依存することなく、内需だけでも十分成長できます。」と述べ、アメリカは内需で喰っていけるが日本は無理だろ?と端から決めつけている。

何のことはない。
彼も、人口が経済規模を左右するという、根拠薄弱な『胃袋経済論者』に過ぎないのだ。

胃袋経済論者の最大の特徴は、国民一人当たり、あるいは、企業単位当たりの消費額が永遠に一定だ(=増えない)と思い込んでいることだ。
彼らは、「人口×消費額/人=経済規模」だと妄信し、人口減→経済縮小は避けられないと、すぐに白旗を上げてしまい、不思議なほど、一人当たりの消費額を伸ばそうという発想がない。

アトキンソン氏は、「日本という国が本当にすばらしい「潜在能力」を持っていると確信しています。その潜在能力を生かしさえすれば、日本は「1人あたり」という指標でも世界の上位にランクインするのは間違いありません。」と強調し、しきりに、『1人あたり』というキーワードにこだわるが、その割に、「一人当たりの消費額を伸ばす(=所得を伸ばす)」という視点をまったく持っていない。

彼の嘆きは、日本人に対して、根拠の無い無責任なセイな法則を押し付けているだけで、(外需の有無を検証せずに)“とにかく生産性を上げ、外需開拓に注力すれば、もっと日本は成長できるはず”と妄想しているだけだ。

彼は、「世界から「技術大国」という評価を受けているドイツと比較するのが妥当だと思われます。そうなると、先ほども申し上げたように、日本の人口はドイツの1.57倍なのに、輸出額はドイツの48.3%しかありません。1人あたり輸出額で見ると、日本はドイツの3分の1ほどです。」と主張し、日本はドイツを見習うべきだと偉そうに語っている。

だが、彼の言うとおり、日本が、国民一人当たりの輸出額をドイツ並みに引き上げようとするならば、単純計算で輸出額をいまの3倍に膨張させることになる。

2015年度の我が国の輸出総額は75兆円にも上り、これを3倍にするとなると、あと150兆円も輸出を伸ばす必要があるのだが、それだけの外需を、いったいどこから開拓すればよいのか?
宇宙人にでもモノを売るつもりか?

アトキンソン氏は何も考えていないと思うが、150兆円という金額はドイツの輸出額とほぼ同規模になる。
世界中のどこを探せば、ドイツ丸々一国分の外需が転がっているというのか、氏は明確に答えるべきだ。

彼のような胃袋経済論者&行商万能論者は、「内需は愚・外需は賢」だと思い込み、大航海時代の強欲商人みたいに、海外マーケットは無限に拡大すると夢想している。
要は、時代錯誤もいいところで、「海外市場=Infinite market」だと信じ込む田舎者に過ぎない。

そもそも、アトキンソン氏の「ものづくり大国=輸出依存度の強い国」という発想が間違っている。

ものづくり大国が生産したモノを、なぜ海外へ輸出する必要があるのか、彼は責任ある説明をしていない。
製造したモノが国内で消費されるなら、それで良いし、無理してグローバルマーケットに依存する必要などない。

日本やアメリカの一人当たりの輸出額ランキングが、総輸出額の割に低いのは、技術力が劣後しているわけではなく、国内マーケット(=内需)が巨大であることの証である。

そうした事実は、何ら恥じるべきものではないばかりか、安定したマーケットを確保できているという点で、ドイツや韓国、イタリア辺りの外需依存国と比べて、大きなアドバンテージだ。
何といっても、国内の経済政策でいかようにも拡大可能で、かつ、為替動向に左右されない『内需』という強力な後ろ盾があるという安心感は、何物にも代えがたい。

外需依存度の高さで技術水準を測るなんて、まったく意味がない。

ドイツや韓国のように、製造業が外需頼みということは、それだけ国内マーケットの成熟度が低いこと(=経済失政)の証とも言える。

アトキンソン氏は、「特効薬などありませんが、とにかく生産性を上げるという目的をもっていただき、各業界、各企業が工夫して、その答えを出すべきです」と、具体策も示さず、ここの日本企業に工夫を丸投げする形でコラムを締めくくっているが、いい加減に根拠の無い行商人根性を改めるべきだろう。

外需は、各国の内需の内数だから、内需が伸びない限り、その拡大には限界があることを理解すべきだ。