うずらのブログ

積極的な財政金融政策による豊かで成長力に満ちた社会を目指します

報道を創作と履き違えるな!

(※)いつも拙ブログをご愛読いただきまして、誠にありがとうございます。
一月は毎日ブログを更新してきましたが、業務多忙により、二月からは、これまでどおり、週1~2本のペースに戻ります。予めご了承ください。


トランプ大統領は、CIA本部を訪問した際の演説で、「彼らは地上の人類の中で最も不正直だ。大きな代償を支払うことになるだろう」とメディアを攻撃した。

彼の台詞通り、メディアの連中は人類の中で最も不正直で尊大な人種だ。
彼らは、民衆の代弁者のふりをしながら、自分たちの意に染まぬ思想が拡がらぬよう国民を睥睨し続けている。

『米政権と報道 事実軽視の危うい政治』(朝日新聞社説 1/29)
http://www.asahi.com/paper/editorial.html

「自由な報道による権力の監視は、民主社会を支える礎の一つである。トランプ米大統領には、その理解がないようだ。
 政権は発足直後から報道機関との対立を深めている。
 トランプ氏は「私はメディアと戦争状態にある」としつつ、報道機関を「地球上で最も不正直」と非難した。
 大統領の側近は米紙に対し「メディアは屈辱を与えられるべきだ。黙ってしばらく聞いていろ」と語り、批判的な報道を威嚇するような発言をした。
 ゆゆしい事態である。
 権力者の言動をメディアが点検するのは当然のことだ。報道に誤りがあれば、根拠を示して訂正を求めればよい。政権が一方的に攻撃し、報復まで示唆するのは独裁者の振るまいだ。(後略)」

この朝日新聞の社説には、マスコミの思い上がりと勘違いが凝縮されている。

“自由な報道による権力の監視は、民主社会を支える礎の一つである”のくだりは、要は、「何人たりとも、俺たちの監視の目から逃れられると思うなよ。俺たちは、好きな時に好きなように取材するし、自分の都合の良いように報道するからな。(# ゚Д゚)」と、政・官・財のみならず、すべての国民に対して、脅しをかけているだけのことだ。

自分たちが最大の権力を持ち、それを振るっていることを隠して、権力の監視役を自任するなど、まことにおこがましい限りだ。
国民は、マスコミに権力の監視役を負託した覚えなど無いし、それは本来、国民一人ひとりが果たすべき義務であり、誰のチェックも受けることのないマスコミが担うべき役割ではない。

マスコミに権力の監視役とか、社会の木鐸といった役目を負わせるのは荷が重すぎる。
彼らは、総じて、実社会の仕組みをよく理解できるほどの経験も正義感も持ち合わせていないし、プライドが高い割に、他人の意見を咀嚼し、マクロ的に世の中を俯瞰するスキルが著しく欠落しているからだ。

マスコミの連中は、権力の監視云々と肩ひじ張らずに、黙々と事実を報じているだけでよい。
彼らの薄っぺらい論評や意見なんて聞く価値もない。

件の社説では、
「一方、ツイッターでの発信をトランプ氏は今も続けている。政治姿勢を広い手段で明らかにすることはいいが、自分に都合の良い情報だけを強調し、気に入らない情報は抑え込むという態度は許されない」
と、Twitterを多用して、ダイレクトに意見や政策を公表するトランプ氏の手法を批判する。

これも、自分たちがトランプ氏に中抜きされて、これまでのように、事実を都合よく脚色したり、発言を切り貼りしたりする機会を失うことを恐れているだけのことだ。
マスコミの本音は、「Twitterなんかで情報発信されたら、俺たちが情報操作できなくなるだろっ‼」程度のもので、なにも高尚な思いがあるわけじゃない。

社説にある“自分に都合の良い情報だけを強調し、気に入らない情報は抑え込むという態度は許されない”との記述には、「お前は、鏡に向かって文句を垂れているつもりか?」呆れるよりほかない。
まさに、マスコミが偉そうに批判しているのは、自分たちの姿そのものだからだ。

朝日新聞の社説は“権力と国民のコミュニケーションが多様化する時代だからこそ、事実を見極め、政治に透明性を求めるメディアの責任は、ますます重みを増している”と結んで悦に入っている。

自分たちこそ権力の結節点だと自負(妄想)する彼らにひと言忠告しておく。

『メディアの責任どころか、その役割はますます縮小の一途を辿る。なぜなら、自分基準の情報の捏造と選別しかせず、気に喰わぬ思想を抑圧するしか能がない監視機関なんて、世の中には不要だからだ』