うずらのブログ

積極的な財政金融政策による豊かで成長力に満ちた社会を目指します

敗北したのは、プロのふりした「ドシロウト」

米大統領選の結果が生んだ衝撃の余韻がなかなか収まらない。

投票からすでに1週間以上が経過したものの、米国社会には、いまだにトランプ氏の当選という結果を受け容れられず、ざわついた雰囲気が漂っている。

トランプ氏とはどんな人物か?
本音トークだらけの選挙公約を、どの程度本気で実行するつもりなのか?
と、喧々諤々の議論が沸き起こっている。
(いま予想合戦に熱を上げても意味がなく、彼が大統領に就任してから、その動向を観察したうえで、じっくり対応すればよいだけのことだ)

また、前代未聞の大逆転劇の原因について、多方面からあれやこれやと分析がなされており、
①グローバリゼーションによる産業空洞化で職を失った中産階級の怒り
②経済格差拡大の放置に対する怒り
オバマケアをはじめとする欠陥だらけの社会保障制度に対する将来不安
④不法移民の横行による低賃金化と治安の悪化
ポリティカル・コレクトネスの押し付けや言論弾圧への不満
⑥移民・マイノリティなど弱者への配慮過多に対する不満
が「サイレント・マジョリティー」を突き動かした。
すなわち、国民の不安や不満を綺麗ごとで押さえつけておきながら、自分たちだけは甘い汁を吸い続けた「セレブリティ」や「政治のプロ」に対する怒りが爆発したのだ、というのが、マスコミ連中や識者たちの一般的な分析結果だろう。

こうした論調を聞くにつけ、筆者には、ひとつ気にかかることがある。

それは、手痛い敗北を喫した民主党をはじめ、アメリカ経済を不調に陥れた既存の政治家たち(=新自由主義者&緊縮主義者)を、果たして「プロ」と呼んでいいのか、という点だ。

青山学院大会田教授のコラム(11月16日北海道新聞『緊急連続評論 トランプの米国 下層中産階級の「革命」』)によると、リーマン・ショック後に回復した株価や失業率を横目に、アメリカの下層中産階級の平均家計所得は2014年までに6.5%も下がっているそうだ。

世論調査会社ギャラップの調査によると、、「自分は、安心して暮らすのに十分な所得を得ている」と答えた人の割合は、自分は中産階級に含まれると回答した人のうちで37%、下位中産階級とした人では15%に止まり、さらに、中産階級のほとんどが「この先も中産階級の地位にとどまっていられるかはわからない」と考えており、57%は、「今後数年のうちに、下位の階層に落ちてしまうかもしれない」と心配しているそうだ。

さらに、広瀬隆雄氏のコラム(BLOGOS 『格差社会アメリカの起源「中流の失われた10年」ピュー・リサーチセンターの最新の報告書から』)によると、「ミドルティア(Middle-Tier)の年間家計収入は2000年の約7.3万ドルから2010年には6.95万ドルへと減少しました。さらに純資産も2001年の約13万ドルから2010年には9.3万ドルへと減少しました。中流に属するアンケート調査回答者のうち、実に85%が今の生活水準を維持することがより困難になったと回答して(いる)」そうで、アメリカの下層中産階級の没落ぶりは誰の目にも明らかだ。

政治家としての実績や成果を評価するに当たり、何を以って良否を判断すべきか。

最も重要なのは、国富を如何に拡大させ、その果実を多くの国民に供与できたか、という点だろう。
つまり、低中所得層の絶対的な所得水準とその伸び率こそが、最適な評価指標だと思う。

政治家の連中が、いくら綺麗ごとや美辞麗句を並べても、国民の財布が軽くなり、腹を空かせ、明日への希望を失ったままでは、とてもじゃないが、プロとして及第点を与えることはできない。

ここ20~30年というもの、日米欧の政治家たちは、新自由主義や改革主義、緊縮主義にすっかり汚染され、マクロ的視点から国家や政治を俯瞰する能力を失ってしまった。
そして、「改革だ」、「ムダを減らせ」とさえ叫んでおれば、周囲から(過大な)評価を得られるというぬるま湯に浸り切ってきたのだ。

こうした悪弊が、「政府支出はムダ」、「既得権益は悪」という空気を醸成し、それらが家計や企業間にも影響したせいで、国家の経済政策や実体経済に、
・支出や消費は忌避すべき
・経済的困難は改革と成長戦略で克服すべき
・財政政策みたいな卑しい手段は発想から消し去るべき
といった足枷が嵌められ、所得減少や需要不足を招く主因となったのだ。

米大統領選でクリントン氏や彼女を応援する世界中のマスコミ・識者の連中が大敗北を喫した原因は、「政治のプロが国民の不満を汲み取れなかったから」ではない。
『そもそも、真の政治スキルを備えていないドシロウトが、調子に乗って失政を繰り返した』から負けたのだ。