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うずらのブログ

積極的な財政金融政策による豊かで成長力に満ちた社会を目指します

フリーランチにタカるゴミ

今回は、10月4日(火)付けの日経新聞に掲載された「反グローバル化は間違いだ」という英エコノミスト誌記事の翻訳版を紹介したい。

記事では、英国のEU離脱のほか、米大統領選候補者2名が揃ってTPPに非を唱えていること、ドイツでは米国との環大西洋貿易協定(TTIP)に反対する数万人規模のデモが勃発していることなどを採り上げ、先進諸国で反グローバル化のうねりが起きつつあることを懸念しつつ、「大企業と金持ちにしか恩恵をもたらさないからグローバル化にだまされてはいけないという主張は、完全な誤りだ」と強い警告を発している。

エコノミスト誌の主張は次の3点に集約される。

①国際貿易の自由化は、世界中の生活水準向上にめざましく貢献した。

②貿易自由化による安価な商品の流入は、庶民、とりわけ、最貧困層に多大な恩恵をもたらす。

グローバル化による打撃(失業など)には、労働者の再教育や就職支援で対応すべき。

まず、記事では、①を補完するのに、世界中の原材料や製品輸出のGDPに占める割合が、1950年の8%から2000年辺りに20%前後にまで拡大したことが、各国に経済成長をもたらし、数億人の中国人を貧困から救い、アイルランドや韓国などの経済発展を後押しした、と記している。

しかし、先進諸国の経済成長率は、50~60年代辺りと過度なフリートレードが横行し始めた90~00年代を比較すると、明らかに鈍化しており、その間に中国や韓国など当時の途上国が経済発展できたのも、単に、先進国の低・中間層の雇用の場や所得が、途上国の単純労働者に移っただけであることが解かる。

フリートレードの恩恵のほとんどは、労働コストや納税コストの圧縮というメリットを享受できたグローバル企業と、雇用の場が天から降ってきた途上国の労働者ばかりに吸収され、コツコツ真面目に働いてきた先進国の労働者は、奴隷労働との低賃金競争を強いられ、その割を喰っただけに終わったのだ。

次に、②の「低価格化は消費者の利益論」だが、我が国においても、バブルが弾けてデフレが深刻化した97年以降、サラリーマンの平均年収が右肩下がりになっているように、デフレがもたらす低価格化は、低・中間層のメリットになどなっていない。

デフレにしろ、貿易自由化にしろ、それらが引き起こした低価格化が招いたのは、雇用の不安定化・非正規雇用者の増加・所得の伸びの鈍化といったデメリットばかりではないか。

リフレ派の連中のように、安物買いで生じた余剰金は、必ず別の購買行動を刺激して消費される、という妄想を信じるならともかく、家計消費のデータを見ても、現実に起こっているのは、余剰金の貯蓄と更なる消費の削減でしかない。

物価が上がる(=経済成長による所得UPが牽引するディマンドプル型のインフレ)と可処分所得が減り、購買力が落ちるため、低所得者層に痛みを強いることになる、という意見もある。

しかし、経済成長下であっても、すべての商品・サービスの価格が上昇する訳ではなく、広い世の中には必ずと言ってよいほど低・中・高それぞれの価格帯で商売する事業者が存在するものだ。

過去の高度成長期にも、バブル経済期にも、安くてそこそこ良い品質の商品を提供する店舗や事業者が必ず存在していた。

よって、消費者は、経済成長による所得の向上という恩恵を受けつつ、自らの所得水準に応じた価格帯の事業者を選択できる機会を得ることができ、安物買いしか選択肢のない現世よりも、幅広い消費行動を取り得るだろう。

安物買いに慣れ、百均ショップを持て囃しているうちに、自分たちの雇用の場が侵され、給料が減り続けてきたことに、未だに気付けないバカ者も多い。

そうこうしている間に、低賃金労働が常態化し、百均なしでは生活が成り立たぬような慣習が根付き、年収増よりも安物買いできる環境の継続を望む質の悪い消費者が横行するようになる。

この辺りは、不良外国移民に頼り切り、奴隷労働を既得権として声高に主張し、擁護する移民推進派&容認派の連中のバカげた発想と同じようなものだ。

低価格化は、低成長経済と低賃金労働・低所得社会の固定化を招くだけであり、消費者の利益どころか、明らかに不利益でしかない。

最後に、③の「再教育・就業支援万能論」には、呆れてモノが言えない。

この手の夢想を平気で語るバカ者は、再教育・就業支援云々以前に、グローバル化がもたらす途上国との低賃金競争によって、国内労働者の失業という「就業スキルや技術継承の途絶」が生じること自体が、一国の生産力の維持向上に大打撃を与えることを理解していない。

一人の人間が、何十年も掛かって積み上げてきた職能や技術、人間関係(人的ネットワーク)等々の無形資産を、奴隷労働に耐えられないという理由で、簡単に捨ててしまうことに、何の痛痒も感じないのだろうか。

パソナのような如何わしい派遣会社の再就職支援を受けた程度では、何の役にも立たないし、元の年収や待遇が補償される見込みは限りなくゼロに近いし、新たな職場に馴染むための心理的負担やストレスも並大抵のものではない。

転職は、人生を一からやり直すくらいの大転換に等しく、バイトを乗り換えるような軽いノリで語るべきものではない。

こうした実態を無視して失業を軽々しく扱うグローバル化容認論者の軽率さに強い憤りを覚える。

過度なフリートレード推進論やグローバル化万能論は、自助努力もせずに先進国から移ってくる資本やカネのおこぼれに群がる途上国と、それを利用して法外な利益を懐に入れるグローバル企業が、フリーランチを腹いっぱい食うのを肯定するための醜い言い訳でしかない。

この手のバカ者は、100%の自由化か、100%の鎖国か、といったあり得ない二元論や極論に誘導してミスリードしようとする。

だが、先進諸国が取るべき選択肢は、両者の中間に必ず見出せるはずだ。