うずらのブログ

積極的な財政金融政策による豊かで成長力に満ちた社会を目指します

購買力の裏付けこそが、需要と供給の最大のエンジン

『日本経済を成長させ本格的な回復軌道に乗せるためには、労働市場の改革や規制緩和によって潜在成長率を向上させ、民間企業の活力を高めることが必要不可欠だ』

経済財政諮問会議や規制改革推進会議などの政府の諮問会議の資料、経産省など各省庁の予算資料、日経新聞やビジネス誌の記事等々、あらゆるところでこんなセリフを目にすることが多い。

安倍首相も、昨日の第百九十二回国会における所信表明演説で、「一億総活躍の「未来」を皆さんと共に切り拓いてまいります。その大きな鍵は、働き方改革です。働く人の立場に立った改革。意欲ある皆さんに多様なチャンスを生み出す、労働制度の大胆な改革を進めます」、「農政新時代。その扉を開くのは改革です。農家の所得を増やすため、生産から加工・流通まであらゆる面での構造改革を進めていきます」と叫び、(決して手を染めるべきではない)労働市場改革や規制緩和を促進することを宣言した。

安倍首相をはじめとするサプライサイダー(成長阻害要因は供給力不足や生産性低下によるものと主張する連中)は、

①国内外には常に旺盛な需要が存在する

②にもかかわらず、そうした需要に応え得るだけの魅力的な商品やサービスが、国内には存在していない

③しかも、少子高齢化により国内の労働人口は減少する見込みで、将来的な供給能力の低下が懸念される

④こうした状況を打破するには、労働改革や規制緩和しかない

と論を進めたがる。

そして、最後には、多様な働き方、高齢者・女性・外国移民の活用、あるいは、同一労働同一賃金なんかを盾にして、解雇要件の緩和や労働コストの引き下げを狙う、というのがお決まりのパターンだ。

しかし、サプライサイダーの妄想は、①の旺盛な需要の存在というポイントで、既に間違っている。

「需要」という言葉をネットで検索すると、『商品に対する(購買力の裏づけのある)欲求』という解説が付されている。

広い世間には、“日本は成熟社会に到達し、人々は、これといって欲しいものがなく、買ってみても感動というレベルまでには至らない”なんて妄言を吐く連中もいるが、そんな変わり者は、死を待つだけの病人以外に存在しない。

市井で暮らす普通の人間なら、有り余るほどの『商品に対する欲求』を持っているもので、先立つものさえ手に入れば、すぐにでも買いたい物なんて、いくらでもある。

週末のスーパーで行われる玉子やキャベツの特売に、開店前から長蛇の列ができるのを見ても、その欲求の強さが解かろうというものだ。

“感動というレベル”とはまるっきり無関係の安売りの玉子でさえ、人々を惹きつけて止まないのだから、サプライサイダーの言う“国内には魅力的な商品がない云々”という妄想も、単なるデタラメであることが解かる。

ちょっとその辺の商業施設をぶらつくだけでも、洗練されたデザインの服や家具、時計、優れた機能を持つ家電製品などが目に入ってくるし、街のレストランには涎の出そうなおいしい料理がズラリと並んでおり、誰もが、そうした魅力的な商品に対する欲求を擽られ続けている。

日本には、既に十分すぎるほど高レベルな商品やサービスが揃っており、人々の欲求が尽きることはない。

それらが消費されずにいるのは、欲求を具現化するだけの購買力を人々が持ち得ていないからに過ぎない。

問題なのは、サプライサイダーたちが、財政金融政策による国内需要の養成を嫌悪するあまり、海外市場の発掘に話を逸らそうとすることだ。

彼らは、少子高齢化に病む日本市場はこれ以上成長しない(=成長してはならない)と突き放し、旺盛な需要に沸いている(ように見える)アジア市場の開拓に勤しもうとする。

しかし、アジア市場、とりわけ、高度成長が期待されている東南アジア各国の実状を見ると、相変わらず海外からの直接投資頼みの経済構造のままで、いつまで経っても自国マターの供給体制および流通網の整備や自律的な国内市場の発達の兆しが見えない。

こうした国々は、一見、成長力に満ち溢れているかのように見えるが、その内実は海外資本頼みの砂上の楼閣のようなものだ。

彼らの力の源泉は、自らの創造力で勝ち得たものではなく、日本をはじめとする先進諸国から与えられたエサや小遣いでブクブクと太っただけのことに過ぎない。

こうした事実から目を逸らして、労働改革や農業や医療分野などの規制緩和を進めてしまうと、雇用の不安定化や労働所得の低下を招き、食糧や健康という生活基盤に係る産業力の破壊につながりかねず、高度かつ高精度な供給力とサービス提供力という日本の労働者層が持つ最大の強み(=真の国富)が喪失してしまいかねない。

そうなってしまえば、日本という国は、中途半端な人口規模だけが残る東アジアの後進国という哀れな地位に甘んじるしかない。

日本経済を成長させ本格的な回復軌道に乗せるために、いま成すべきは、労働市場の改革や規制緩和などではない。

ましてや、3K職場に安月給で働く日本人がいないから、という薄汚い言い訳を盾に移民を容認することでもない。

そんな現状追認しか考えられぬ守銭奴は、中国人を雇いたければ中国で、ベトナム人を雇いたければベトナムで、直接現地に行って商売をすればよい。

現地に行けば、掃いて捨てるほど中国人やベトナム人がいるのだから…

「需要」という言葉の定義の真ん中にある『購買力の裏づけ』を国内の経済主体に与えることが重要なのであり、その点こそが日本社会に渦巻く諸問題を解決する鍵を握っている。

日本の潜在成長率を向上させ、民間企業の活力を高めるために必要不可欠なのは、大規模かつ長期に亘る財政金融政策を粛々と実行し続けて、家計や中小企業のフロー・ストックを快癒させ、企業のメインマーケットたる国内市場を持続的に発展させること以外にない。