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うずらのブログ

積極的な財政金融政策による豊かで成長力に満ちた社会を目指します

落札率99%のどこが悪い!?

大成建設、五輪会場99.99%落札に疑問の声』(週刊文春 9月7日(水) 、http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20160907-00006535-sbunshun-pol)

「整備予算の膨張が問題となっている東京五輪の「海の森水上競技場」の入札に、専門家から疑問の声が上がっている。

ボートとカヌー・スプリントの競技会場となる「海の森水上競技場」は、東京都が整備予算を負担する恒久施設の一つ。開催都市立候補の段階では約69億円の予算だったが、開催決定後、周辺工事費用などが含まれていなかったとして約1038億円まで膨れ上がった。結局、試算を見直し、約491億円となったが、小池百合子知事は「500億円を海に捨てるようなもの」と批判している。

「海の森水上競技場」のグランドスタンド棟や水門などの整備工事は、新国立競技場を受注した大成建設を中心とするJVに決まったが、異例ずくめだった。まず入札に参加したのは大成のJVのみだった。

また、248億9863万9680円の予定価格に対し、大成のJVの入札価格は248億9832万円だった。予定価格を上回れば、入札不調となるが、わずか31万円ほど安いギリギリの価格での落札で、落札率で言えば99.99%となる。」

厚化粧のパフォーマンスおばさんが都知事に就任し、“都議会開会早々に冒頭解散宣言する”という自身の公約をほったらかしにして、ムダ遣い叩きに気勢を上げている。

マスコミの連中も、これに乗っかり、お得意の公共事業叩きに勤しんでいる。

筆者自身、東京五輪に対して積極的に支持する気にはなれない。

デフレ不況に苦しむ我が国において、官民問わず、唯一と言ってよいほど投資や消費が集中している首都圏に、これ以上の投資をする意味があるのかと疑問に思っている。

むしろ、東北復興を推進するためにも東京が遠慮して、仙台や福島、盛岡等といった東北復興五輪に位置づけて開催を検討すべきではないか。

震災によって深く傷つけられた東北の復興を旗印に、堂々と世界的なスポーツの祭典を開催することにより、反原発派の連中が垂れ流す悪意に満ちた風評被害を払拭するきっかけにもなるだろう。

しかい、かと言って、文春みたいに、厚化粧知事にしっぽを振って公共事業批判の尻馬に乗る気はまったくない。

文春の記事では、落札額のほかにも、

・技術点が60点中36点と非常に低いこと

・技術審査委員会が2回しか行なわれていないこと

・外部委員がおらず審査委員の大半が都港湾局の職員で固められていること

などを批判しているが、これらは記事を大きく見せるために後付けされた“装飾”に過ぎず、批判の的は、あくまで落札金額の多寡に向けられている。

内閣府の資料によると、公共工事の総合評価落札方式における技術点の平均点は100点満点で74~75点前後と言われているから、海の森水上競技場を落札した大林建設の技術点は確かに低いし、外部委員の数が少ないのも問題だろう。

よって、今回の件を責めるのなら、こうした技術面や審査の在り方からアプローチすべきであり、落札額云々を前面に出すのは、「公共工事=ムダ、悪」だと決めつけて、土建叩きや公務員イジメをしたいがためにする議論としか思えない。

落札率の高さ云々に文句をつけるバカ者は多いが、公共工事は「公共建築工事標準単価積算基準」等により標準的な積算単価が決まっており、公共工事に手慣れた業者なら、資材や工期など基本情報さえあれば、おおよその工事額など即座に積算できるはずで、落札率が100%近くになっても何ら不思議ではなかろう。

そもそも、予定落札価格は、官庁サイドが所定の積算根拠に基づき弾き出した価格を基にして、財務当局とのくだらぬ予算折衝を経て獲得した予算であり、ここまでなら支出を認められるという意思表示でもある。

よって、入札金額が100%を上回っているならともかく、予定価格以内に収まっているのであれば、落札率が99.99%であっても何も問題はない。

仮に、アホな土建業者が、落札率60%程度で札を入れたとしたら、むしろ、担当部局の積算自体がいい加減であったと批判されることにならないか?

公共事業悪玉論に凝り固まっているバカ者は、公共工事の落札率に目くじらを立てたがるが、官庁発注の事業においては、予定価格が公示されていない方がマイナーであり、経産省総務省辺りの事業なら、委託事業の予定価格はことの最初からオープンにされているケースが一般的である。

よって、公募に応札する事業者は、価格競争ではなく、提案内容の良否により採否を判断されるから、落札率云々なんて、そもそも議論の俎上にも上らない。

むしろ、公共工事みたいに、落札率ばかりが話題になる方がおかしいのであって、数十年から百年にも及ぶ公共インフラ整備においては、ちまちました価格の多寡よりも、技術面での議論こそ深めるべきではないか。

目先の節約に惑わされ、国民の財産や生命を守る社会インフラの寿命を縮めるようなことがあっては、それこそ税金のムダ遣いとの誹りを免れないだろう。