うずらのブログ

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フリーランチを貪っているのは、お前らだ!

『「ヘリコプターマネー」リスク考 道で拾った30万円をあなたは使うか?』

熊野英生 [第一生命経済研究所経済調査部首席エコノミスト]

7月29日(金)ダイヤモンド・オンライン

(http://diamond.jp/subcategory/%E7%B5%8C%E6%B8%88)

このコラムの執筆者が、第一生命経済研究所の熊野氏だと聞いた時点で、その内容もおおよその見当がつくが、念のため中身を読んでみると、案の定、財政規律を重視する立場から財政政策を頭ごなしに嫌悪するものであった。

熊野氏の主張をまとめると次の3点になる。

①世の中には「ノーフリーランチ原則(タダ飯は存在しない)」があり、ヘリコプターマネーのような都合のよい政策はあり得ない

②ヘリコプターマネー政策で国民にお金を配っても、多くは貯蓄に回されるため消費増加という経路でのインフレは起きない

③ヘリコプターマネーは円の信認を低下させ、輸入物価の急激な上昇によるインフレを招く危険な実験的政策の代表例である

熊野氏は、①のフリーランチ否定論の論拠として、“道で30万円のお札が入った封筒を拾ったら、どう使うべきか”という思考実験を紹介し、

(1)その30万円を使って欲しいものを買う

(2)そんなうまい話があるはずがないので無視する

という2つの選択肢を提示している。

そして、合理的な行動を前提にした経済モデルを仮想すると、「ただで得られる30万円などは世の中に存在するはずがない。ならば自分の知らない“からくり”があって、30万円を拾った後、相応の出費を強いられると覚悟をしておく方が良い。自分は、そんな面倒なことに巻き込まれるのは嫌だから、30万円は拾わない。これが合理的な推論」だと結論付けている。

馬鹿正直な日本人のことだから、拾ったお金をどうするかと問われれば、たいがいの者は「交番に届ける(≠拾わない)」と回答するはずであり、そもそも、熊野氏の設定した設問自体が不適切であり、「消費振興のため、政府から30万円の給付金があなたの口座に振り込まれたら、どう使うべきか」という表現に訂正すべきだ。

熊野氏は、“ただで得られる30万円などは世の中に存在するはずがない”とフリーライダー論を振りかざして、あたかも勤勉な国民が政府に集っているかのようにミスリードしているが、事実はまったく逆だ。

実体経済を刺激する経済政策を放棄し、正規雇用から非正規雇用への転換を強要してまともな雇用の場を奪い、勤労な国民を蔑ろにして平均所得の低下を強いてきた政府や経営者層こそ、国民の努力と納税負担にただ乗りしているだけのフリーライダーであり、強欲な彼らにこそ“フリーランチなんてない、働いて欲しければまともな給料を払え!!”と言い放つべきだろう。

次に、熊野氏の②の主張だが、氏は、「この減税が一度だけのものならば、多くの国民は30万円を貯蓄するだろう。合理的に考えると、ただでもらった30万円はいつか相当の増税で回収されるのではないかと疑うからだ。相当の負担増を予想するならば、30万円は取っておいた方がよいことになる。だから、インフレは消費増加という経路では起こらない」と説明している。

確かに、麻生政権時の定額給付金のように一回きりの政策なら、氏の主張どおり、多くは貯蓄に回される、あるいは、消費した分の給付金と同額の将来消費額が減らされる(=使わずに済む)ことになり、消費活性化に大した効果は見込めないだろう。

だが、政府からの給付が永続的なもので、かつ、並行して大規模な公共事業が打たれたとしたら、所得増加に関する現実的な実感と将来的な期待に後押しされ、多くの家計は消費支出を増やすと考えるのが自然である。

財政政策を忌み嫌うあまり、一回きりのチマチマした給付金を出し、「ほらみろっ! やっぱり大した消費刺激効果はないじゃないか」と嫌味を言うこと自体が間違っている。

給付金にしろ、公共事業にしろ、1打席のみの代打出場で効果など出るはずがない。

レギュラーとして毎試合出場してこそ、本領を発揮する政策なのだ。

また、熊野氏は、「政府がこの便利な仕組みを何度も使わずに済ませられるであろうかと疑問を抱く。筆者は、国民に増税を求めずに、財源を日銀に求めることが可能になれば、必ずや財政の節度が失われると考える」と断言したのと同じ口で、「政府が永久国債で調達した資金で、国民に減税するとなれば、それは将来の納税負債を現在の永久国債による資金で入れ替えていることになる。つまり、将来の納税負担は膨張し、政府債務の担保力を一段と低下させて、信用度を失わせる」とまったく矛盾したことを述べている。

どうも、熊野氏は永久国債の意味や仕組みを理解できていないようだ。

片や、影響国債には返済義務がなく国民は増税負担を求められないと言っておきながら、片方で、将来の納税負担が膨張するとまったく逆のことを言い分けている。

氏には、永久国債を財源とするヘリマネに返済義務が有るのか否か、仮に有る(無いというのが正解)として、将来の納税負担が増すのかどうか(増すことなど無いというのが正解)、コロコロ主張を変えずにはっきり明言しろと言っておきたい。

最後に熊野氏の③の主張について、あまりにバカバカしいので割愛したいところだが、特に、「返済義務のない永久国債は、無担保も同然になる。政府債務の中で、税資金の裏付けのない永久国債を増やすほど、日本の財政全体の信用力が低下することになる」の部分には、溜め息しか出ない。

永久国債に返済義務がないと自ら解説しておきながら、無担保云々に言及すること自体がおかしなことと理解できないのだろうか?

返す必要がない資金であれば、担保の有無など端から関係のない話であるし、政府債務に占める返済不要の債務割合が増えることは、財政の信用力が増すことにしかなるまい。

何と言っても、“返済不要”なのだから…

熊野氏は、国債の返済財源としての国民の税負担にやたらと固執しているが、国債と同額の税負担を強いてしまえば、支出と負担の総量がイコールとなってしまい、実体経済に流通するマネーの量に箍が嵌められてしまうことを理解できないようだ。

税なんて、所詮は過熱した景気の抑制と社会的不公正の是正のための方便に過ぎないから、せいぜい、税理士が喰っていける程度に取っておけばよい。

また、氏が心配する円安経由の輸入物価値上がりによるインフレについても、財政規律とやらが失われるほど大規模な財政政策が実行されているのなら、国内景気は相当過熱しているはずであり、海外から国内への投資や資金流入の大幅な増加も見込めるため、一方的に受忍限度を超えるような円安に振れ続けるとは到底思えない。

そもそも、イギリスのEU離脱表明後に円高不況の到来に怯えてバタバタしていたマーケットの連中に、円安が心配だなどと口にして欲しくない。

決めつけと妄想だらけの記事やコラムを書いて高額な報酬を得ている識者やマーケットの連中こそ、フリーランチを貪っている卑しいフリーライダーであり、せめて報酬に見合うだけの実のある経済提言をやってみろと言っておきたい。