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うずらのブログ

積極的な財政金融政策による豊かで成長力に満ちた社会を目指します

"緊縮財政は不況の元"というのが歴史的教訓

今朝、出張先で北海道新聞の「ヘリマネ奥の手か劇薬か~デフレ脱却へ導入臆測~」という記事を読んだ。

記事では、現行の金融緩和政策(黒田バズーカ)に手詰まり感が漂う中で、永久国債を活用した大規模な需要刺激策(日銀の永久国債直接引受)が市場関係者の注目を集めている中で、“ヘリコプター・ベン”の異名を取る前FRB議長のベン・バーナンキ氏が、11日から12日にかけて日銀黒田総裁や安倍首相と相次いで会談したことを受け、バーナンキ氏がヘリマネ導入を提言しに来たのではないかとの憶測が広まったが、官邸サイドはこうした噂を否定した、という内容が紹介されている。

「永久国債(コンソル債)」とは、利払いのみで償還期限がない国債のことを指し、第1次世界大戦時に英国が戦時国債として活用した事例があるものの、一般的には、特殊な財政状況を乗り切るための「奇策」だと理解されている。

日本人的感覚では、永久国債なんて如何わしい債券を誰が買うのかと疑われそうなものだが、近年では永久債の発行が急増しており、国債社債を合わせた2014年の発行額は前年比2.5倍、過去最高の2,278億ドルに達している。

だが、そんな世界の潮流を知ってか知らずか、上記記事を書いた記者は、ヘリマネを称して「禁じ手」とか「劇薬」とレッテル貼りし、ヘリマネに対する嫌悪感を隠そうともしない。

「ヘリマネは国の借金を日銀に肩代わりさせること」、「財政規律が緩む」、「国債や通貨の信認が損なわれるリスクが高い」などとひとしきり文句をつけ、“歴史上、ヘリマネにあたる政策を行って極端なインフレを招き財政破綻した国は少なくない”と要らぬ危機感を煽ったうえに、「日銀が政府から国債を直接買い入れるのを財政法が禁じているのも歴史の教訓」だと断じている。

実際、我が国では財政嫌悪症を患っている者が多く、公共事業ベーシックインカムですら拒否反応を起こすありさまだから、ヘリコプターマネーや(筆者おススメの)政府紙幣の発行なんて口にした途端に、不勉強な国民から放漫財政だの財政破綻だのといった猛反対の声が上がりそうだ。

では、実際にどれくらいの国が財政破綻を経験しているのかというと、1945年以降の世界のデフォルト(国家政府の債務不履行)経験国は、対外対内債務を合わせておよそ60事例ある。

しかし、これは国債償還日の繰り延べ(リスケ)や通貨の切り下げ(デノミ)を含んだものであり、完全なる破綻例は一部に限られる。

しかも、破綻にカウントされた例は、第二次世界大戦により供給能力が物理的に破壊された特殊事例や国家運営そのものがいい加減な中南米やアフリカなどの途上国が大半で、近代に入ってから先進諸国が破綻した例はほとんどない。(ギリシャやロシアを“先進国”としてカウントすることの是非について議論の余地もあるが…)

筆者としては、永久国債の日銀直受けだろうが、政府紙幣だろうが、はたまた、通常の国債発行だろうが、国民経済に需要の原資となる資金を大規模かつ長期的に投じることができるのなら、手段を問う必要はないと考えている。

ただし、「ヘリマネ」という概念が明確ではなく、“ヘリマネ=無節操なバラマキ=財政規律崩壊”というネガティブなイメージがついているのは良くない。(筆者個人は、“バラマキ”に大賛成の立場だが)

ヘリマネを指して、ある者はマネタリーベースを増やし続けることだと言い、また、別の者は給付金をバラまくことを指す、といった具合に、その定義が明確でないために、ヘリマネが有するメリットが正確に理解されていないのは実に勿体ないことだ。

また、“ヘリマネ=給付金≠公共投資”という余計な縛りを入れて、給付金か公共投資かという二項対立の図式に持っていこうとする愚か者も後を絶たない。

しかし、デフレ脱却や国民所得向上を実現したいのなら、公共投資と給付金とをトレード・オフの関係に置いてはならず、両者を双発エンジンとして活用し、経済成長と所得向上の相乗効果を狙うべきだ。

さて、先に紹介した記事では、財政法5条で日銀による国債直受けを禁じているのは、放漫財政が財政破綻につながった歴史的教訓によるものだ、と論じているが、それは、現代の飛躍的に高度化した技術力や供給力、ロジスティックネットワークなどを無視した周回遅れで教条的な主張だろう。

また、ILOの報告によると、世界中の失業者数は2億人を超えるとされ、急激なインフレに対する供給サイドのバッファーは十二分にある。

世界的な需要不足によるデフレ克服のためには、インフレに怯えて財政政策に二の足を踏むのではなく、むしろ、積極的な財政金融政策を発動して、不必要に余っている供給サイドのバッファーを消化する努力が求められている。

ここ20年あまり世界中で吹き荒れた“緊縮と改革の嵐”がもたらしたのは、低中所得層の没落と雇用の悪化、過度な自由貿易規制緩和による国内産業の破壊と富の集中でしかなかった。

我が国においても、緊縮財政下(1996年~2015年)の名目GDPは、511兆円から499兆円へ12兆円も減少している。

むしろ、「緊縮的な財政運営が一国の経済成長を妨げる、という事実こそが歴史の教訓」であり、「デフレ不況下における緊縮政策は『禁じ手』、改革断行は『成果の出ない奇策』」だと言うべきだろう。