うずらのブログ

積極的な財政金融政策による豊かで成長力に満ちた社会を目指します

経済の本質を理解できない者が縋る改革神話

既に報じられているとおり、消費税10%への再増税は2年半延期されることになった。

再延期という決定に約6割の国民が「賛成」しているとの調査結果もある一方、反対する変わり者が4割近くもいることに目眩がする。

実際に、消費税というシロモノに対する評価は様々で、財務省発の“消費税=社会保障財源の人質”だという決めつけに洗脳された者も多く、筆者のように、消費税は経済活動を棄損させる猛毒の一種だと捉える考え方は案外少ないのかもしれない。

先日、北海道新聞への寄稿コラムを目にした土居丈朗 慶応大教授は、6月4日(土)掲載のコラム「消費増税再延期 将来世代へのツケ回し」において、“家計消費低迷の真因は実質所得の低迷にある。消費税は2014年度に既に8%へ増税されており、2014年度から2015年度にかけての実質所得の伸び悩みは消費税増税の影響ではない”という趣旨の主張を展開して、増税は所得動向にマイナスの影響を与えてはいないと擁護している。

そればかりか、実質所得の伸び悩みは生産性の低下のせいだとし、日本経済を低迷から救うには一時的な財政出動(=役立たずのカンフル剤)ではダメで、人工知能やロボット開発などの第4次産業革命による生産性向上が不可欠だと主張している。

いまどき、“AIやロボットだ、第4次産業革命だ”と騒いでいる連中は、ちょっと前まで、調子に乗って“Web2.0だ、農業・医療・介護だ、ビッグデータだ”と連呼していた田舎者だろうから、第4次産業革命なる虚語もそのうち消えて無くなるだろう。

しかし、この手の幼稚な田舎者は、人工知能やロボットが、あたかも経済活動や生産活動の根幹を担うかのように単純に夢想するから失笑するしかない。

仮にそうなれば、PB黒字化と緊縮財政しか言えないレベルの低い大学教授の椅子は、真っ先にAIに取って代わられてしまうだろう。

今回のコラムで、土居氏は二つの誤りを犯している。

一つ目は、増税の影響を意図的に過小評価し、実質所得低迷の原因を生産性低迷に責任転嫁していることで、二つ目は、生産性向上を自律的かつ内発的な存在であると勘違いしている点である。

土居氏の“2014年度から2015年度にかけての実質所得の伸び悩みは消費税増税の影響ではない”というのは、単なる思い込みだ。

経済活動や実質所得の低迷には複数の要因があり、増税もその犯人の一人だというのが常識的な考え方だろう。

しかし、氏は、敢えて増税のみに焦点を当てることにより、増税による2015年度の実質所得低迷への関わりを否定しようとするが、増税による負のインパクトが内需を冷え込ませて企業収益のアンカーとなり、それが所得の伸び悩みにつながったことは明白であり、氏の言説は見苦しい詭弁に過ぎない。

また、氏が得意とする「根拠なき生産性万能論」も、生産性向上を担保し裏付ける「需要力」の存在を一切無視した暴論である。

世間知らずの人間ほど、AIだ、ロボットだと大騒ぎするものだが、いったい、誰がそれを使い、誰がカネを払うのか、という肝心な点についてまったく説明がない。

供給が需要を生み出すような平和でおめでたい時代は、とっくの昔に終わっている。

さて、土居氏のように、「増税無関係説」を唱える者がいる一方で、「増税だけが悪人説」に固執する者もいる。

アベノミクスの失敗」?いやいや、民主党の責任でしょ!~攻め方を間違え続ける野党へのため息』(現代ビジネス/長谷川幸洋)http://gendai.ismedia.jp/articles/-/48870

上記コラムで長谷川氏は、「消費増税の先送りについて、民進党は「アベノミクスの失敗」と批判しているが、失敗したのはアベノミクスではなく、2014年4月の8%への増税だ。そもそも増税を推進したのは民主党政権だったはずだ。失敗の責任は民進党にもある」と述べている。

デフレ下における消費税増税という最悪の選択をしたのは、ほかならぬ自民・民主・公明の三バカ政党であるのは隠しようのない事実だ。

しかし、「失敗したのはアベノミクスではなく」の部分にはまったく頷けない。

「緊縮財政・金融政策・構造改革」というアベノミクス三本の毒矢に急所を射抜かれた日本経済はその場に倒れ込み、「消費税増税」という剣でとどめを刺された、というのが正確な表現だろう。

長谷川氏は新自由主義者的な思想を持ち、構造改革規制緩和を断行する安倍政権の応援団を買って出る人物であり、その思考回路はリフレ派に近いものがある。

コラムでも、「(TPP賛成との立場から)資源がない日本は自由貿易体制を強化する中でしか生きていけない。自由貿易を進めるうえで痛みが生じる部分を、どう和らげながら全体としてメリットを享受していくか、という問題が構造改革であり、成長戦略そのものだ」と述べ、改革や戦略を盾にして、野放図な市場開放や規制緩和を強引に押し通そうとしている。

また、景気回復や格差是正の問題を、“格差是正が先か、経済成長が先か”という幼稚な二元論の枠に押し込み、両者をトレードオフの関係に置いて二項対立を煽ろうとする。

なにも、両者は同居不可能な存在ではないから、経済成長をさせながら格差是正を実現させればよいだけのことだろう。

彼のような安倍ファンは、アベノミクスの失敗を認めたくないがゆえに、すべての責任を増税のみに転嫁しようとするが、そんな単純な話ではなかろう。

そもそも、安倍首相が増税に踏み切ったのも、三党合意云々のせいではない。

元々、安倍氏の政治的関心は「緊縮財政と構造改革」という二本の柱にあり、そのショックを糊塗するために金融政策を持ち出したが、思いのほか支持率が落ち込まなかったことに気を良くして調子に乗り増税に踏み切っただけに過ぎない。

しかも、安倍政権下で制定された骨太の方針とやらには、“財政再建、歳出改革、PB黒字化、ワイズ・スペンディング”といった類いの緊縮用語が羅列されており、安倍氏増税に否定的どころか、むしろ積極的な姿勢を示していることが窺える。

つまり、消費税増税という政策は、アベノミクスの“異端児”ではなく、“メインプレーヤー”であり、安倍氏にとって今回の再増税見送りは、まさに断腸の想いだっただろう。

安倍政権の経済政策を評価する際に、長谷川氏やリフレ派にように、アベノミクス増税とを分別するのは間違っている。

なぜなら、消費税増税アベノミクスにビルトインされた不可分の政策であり、増税部分のみを捉えて、それが失敗したと評すること自体ができないからだ。

今回紹介した土居氏や長谷川氏のように、消費税増税に対する評価や捉え方がまったく異なっていながら、結果的に同じような落とし穴に嵌ってしまうのは、“経済とは何か、経済成長は何によってもたらされるのか”という基本を理解できていないからだろう。

間断なく連続しつつ持続的に拡大するモノやサービスの供給と需要こそが経済の本質であり、それは供給サイドのみの努力では成り立たない。

経済を供給サイドからしか見ることができない者は、需要という供給にとって不可欠な栄養源やゴールの存在を理解しようとしない。

供給は需要を充たすための行為であることを忘れて、供給こそが需要を生み出す神であるかのように勘違いしている。

そういった基本的な過ちが、生産性神話や構造改革神話を支え、ひいては財政再建至上主義を蔓延させる病原菌になっているのだろう。