うずらのブログ

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揚げ足取りしかできないクズは小学生からやり直せ!!

『北海道男児保護 捜索隊批判するなの声』

(デイリースポーツオンライン201664日)

http://www.daily.co.jp/newsflash/gossip/2016/06/04/0009152010.shtml

 「北海道七飯町の林道で行方不明になっていた北斗市の小学生2年、田野岡大和君(7)が3日に、6日ぶりに保護され歓喜の声があがる中、地元消防や警察、自衛隊などが行った捜索手法への検証や、一部に批判する声があることに、ネット上では「結果論でものを言うな」「何もしなかったやつが文句言うな」と、捜索隊を擁護する意見がわき起こっている。

(中略)

 大和君が保護された後に、地元消防に捜索手法を問題視する電話が相次いだとも報じられ、これにツイッターなどでは「結果論なら何とでも言える」「文句言ってる人は、一度、山林の中で自分で探してみろ」「こういう人たちが出てくると思った」と不快感を示す声が殺到した。」

 

528日に北海道七飯町の山林で発生した小二男児置き去り事件は、6日後の63日に隣町の鹿部町にある自衛隊演習林で、無事に男児が発見されるという誰もが予想しなかった結末で幕を閉じた。

 

筆者も、男児の生存を絶望視していたこともあり、発見の報をラジオで聞いた時には、こんな幸運もあるものかと、正直、鳥肌の立つ思いがした。

 

捜索には、警察や消防団をはじめ地元の有志や自衛隊まで駆り出され、延べ1,000人を超える体制で早朝から夜まで、毎日のように懸命な捜索が行われたことは、誰もが知るところだろう。

国民の多くが固唾を飲んで捜索の行方を見守る中で、捜索から数日経っても何の手掛かりも見つからず、父親の証言を疑問視する声も多く聞かれた。

 

そもそも、本事案が全国的な注目を集めたのも、捜索開始の翌日に、男児が山菜採り中に行方不明になったというのは両親の虚偽だったと判明(躾のための山林に置き去りにしたというのが事実)したことに起因するもので、事態の停滞も相まって、“事故か、事件か”というミステリー性を帯びてきたのも事実だろう。

 

だが、男児発見という歓迎すべき結末を迎えて周囲も気が抜けたのか、上記のニュースで報じられたように、警察や自衛隊の捜索態勢にクレームをつけたり、バカにするような民度の低い国民が一部に存在するようだ。

 

男児が発見された自衛隊の演習林は行方不明になったとされる地点から北東方向にあり、一方、捜索範囲は不明地点を中心とする南西方面を重点的に行われた。

 

結果だけを見れば、何とでも文句をつけることはできよう。

 

だが、置き去りにされた時刻、子供の体力・服装、食料などの所持品がなかったという状況を考慮すれば、道に迷って川や沼に迷い込んだのではないかと疑うのは常道だろう。

よって、大沼などの湖沼が広がる南西方面を重点的に捜索するのは当然である。

 

結果が判ってからしたり顔でクレームをつける無責任なバカは、初期段階から演習林の捜索を提案しておくべきだっただろう。

捜索の労を労うこともなく、後出しジャンケンで揚げ足を取ろうとする薄汚いクズは黙っていろと言っておく。

 

そもそも、今回の捜索が手間取った大きな要因は、両親による例の虚偽証言のほか、530日には両親から捜索隊に対して“山の方を捜してほしい”という要望があり、それに振り回されたこともある。(山=駒ヶ岳は発見場所とは真反対の方角)

また、置き去りにされた男児が、両親に連れてこられた道を辿って戻るという当たり前の行動を取らずに、見当違いの山林の奥へと入り込んでいったことにも、大きな原因があるだろう。

いくら子供とはいえ、こうした軽率な行動は、生命の危機に直結する危険な選択であり、強く非難されるべきだ。

 

しかも、肝心の男児の服装も、当初は、「胸にアルファベットの文字の入った黒色の服、紺色のジャージのズボン、赤色の運動靴」と証言していたにもかかわらず、実際に発見された時に自衛隊員が撮影した男児の服を見ると、服の色は茶色で、運動靴は黒色(ジャージだけは証言どおり)と、まったく別物である上に、ちゃっかり野球帽まで被っていた。

洋服の色はさておき、帽子の有無までいい加減な証言をされては、捜索の任に当たる者は堪らない。

 

捜索や捜査においては、基点となる一次情報が何より重要で、そこに虚偽や虚言が混在してしまうと、上手く行くはずのものも上手く行かなくなってしまうだろう。

 

過去にも、災害における捜索や救助の結果を巡り、余儀ない事情で最悪の結果とならざるを得なかった被災者の遺族や第三者から、捜索側の責任を問う事案がいくつも発生し裁判になったケースも多い。

 

中には、山岳での遭難事故のように、天候や気候を無視した無謀な入山が引き起こした遭難事故の責任を、何故か救助に当たった警察側の責任に擦り付けようとして裁判を起こす頭のおかしい遺族もおり、こうした裁判事例を耳にするたびに、民度の低い自分勝手な連中の増徴ぶりに、心底腹立たしい思いがする。

 

警察庁の資料によると、2014年の山岳遭難事故の発生件数は2,293件、遭難者は2,794名と10年間で66%も増えているそうだ。

 

入山の目的は、「作業(1.5%)」を除く98.5%が「登山(77.0%)」、「山菜取り(11.7%)」などの不要不急な理由である。

また、事故の原因も、「道迷い(41.6%)」、「滑落(17.9%)」、「転倒(14.4%)」など入山者側のミスや準備不足によるものが9割以上を占める。

 

つまり、行かなくてもよい者が行かなくてもよい場所にわざわざ足を運び、軽率な行動をとった挙句に他人様の手を煩わせているだけなのだ。

この手の無鉄砲な馬鹿者のミスのせいで、休日返上で捜索に駆り出される方の身になってほしいもので、捜索のやり方や結果にモノ申すなど以ての外であろう。

 

冒頭にご紹介したネットの声は、誠に尤もな意見であり、捜索に文句をつけている低レベルなアホは、罰として、ボランディアで公共施設の便所掃除でもさせるべきだろう。