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うずらのブログ

積極的な財政金融政策による豊かで成長力に満ちた社会を目指します

結果を出せないダメ政策との決別を!

現在開催されているG7伊勢志摩サミットでは「世界経済の持続的な成長に向けて、各国が機動的な財政出動構造改革などの政策を総動員することで一致した」と報じられているが、頭の悪い構造改革教徒(メルケルとキャメロン)が“財政出動は不要、構造改革の重要性を盛り込むべし”と駄々を捏ねている。

安倍首相は、いかにも新自由主義者らしく、“機動的な財政出動”という表現に止めてタガを嵌める提案をしたが、『構造改革こそ世界の真理』だと疑わないバカ者には、それすらご不満のようだ。

また、安倍・キャメロン間には、現状の世界経済情勢がリーマンショック前に似ているか否かで意見の相違があるようだが、そんなものはどうでもよい。

バブル崩壊後の日本経済は、リーマンショックより遥かに深刻な需要不足に見舞われ続けており、たかがリーマンショック程度の危機であたふたする欧米各国とは、年季が違うのだ。

安倍氏も、“リーマンショック=経済的大災害”であるかのような誇大な表現を使って、ここ20年で我が国が直面してきた他国で類を見ない極めて深刻な経済不況を軽々しく扱うのは止めてもらいたい。

さて、本日、ロイターが、“安倍リーマン発言”を擁護するようなニュースを報じている。

『ロイター企業調査:8割が「デフレ逆戻り」懸念 増税・円高・改革遅れで』

http://jp.reuters.com/article/deflation-idJPKCN0YI02J?pageNumber=2&sp=true

記事によると、

「5月のロイター企業調査によると、約8割の企業が来年までにデフレに逆戻りする懸念があると回答、デフレ脱却への期待がここへきて大幅に後退している。熊本地震で収益の悪化を見込む企業が自動車では7割にのぼり、年金債務負担や運用悪化などマイナス金利による負担増も目立ってきた。ドル円相場は110円程度での安定を望む声が6割となった」

そうで、

「今年1月のロイター企業調査では今年後半までにはデフレを脱却しているとの見方が52%に達していた。しかし、今月はその割合が30%に低下。「当面脱却はできない」との回答が48%から70%に増えた」

と伝えている。

この調査は、資本金10億円以上の中堅・大企業400社を対象にしたものであり、数多ある中小企業の見方は、これよりさらに厳しいものになろう。

日本の名だたる企業の7割がデフレ脱却を悲観し、8割近くが将来のデフレ再突入を予想しているという事実は、インバウンド景気とやらに小躍りする日経新聞のようなシロウトにはリーマンショック並みにショックな出来事だろう。

だが、せっかくのロイターの記事も、他紙と同様に「分析二流・対策五流」の範疇に止まっている。

記事では、デフレ懸念の要因として、「来年の消費増税に伴う消費低迷への懸念や円高の悪影響、構造改革の遅れなどが背景」にあるとし、「社会保障や成長戦略などで改革の遅れを指摘する声もある。「将来への不安が残り消費が活発にならない」(輸送機械)、「短期的な金融・財政政策に頼っており、希望を抱かせる改革が見えない」(その他製造)」という声を紹介し、現政権に、一層の成長戦略と構造改革を強く求めるニュアンスを漂わせている。

「将来への不安が残り消費が活発にならない」要因は、社会保障制度の改革が進まないことへの苛立ちによるものではなく、年金支給年齢の引き上げや医療費の自己負担割合増加による収入や所得の減少によるものであろう。

試しに、「来年から年金支給開始年齢を70歳に引き上げますよ」、「医療費の自己負担割合を5割に引き上げますよ」とアナウンスしてみればよい。

構造改革教徒の言うとおりなら、「これで社会保障制度も万全だ。さあ、景気よく飲みに行くか」となるはずだが、そんなバカは一人もおるまい。

「短期的な金融・財政政策に頼っており、希望を抱かせる改革が見えない」という寝言を吐く者には、「緊縮的且つ不十分な財政政策に固執しており、所得増大期待を抱けるだけの経済成長が見えない」という正解を教えておこう。

この手の愚か者に問いたいのは、「お前の言う“希望を抱かせる改革”って、いったい何を指し、どれだけの経済効果があるのか?」ということである。

それが、一億総活躍社会のことなのか、農協の解体を指すのか、はたまた、土建イジメや公務員叩きなのか、はっきり明言すべきだし、そういった改革(実態は単なる改悪)とやらが、マクロ経済をどの程度成長させ、国民所得をどれくらい増やせるのかについても、数値で説明する義務があろう。

構造改革教徒の連中は、財政を緊縮気味に絞り、金融緩和政策で経済対策をしたフリをして、改革だの規制緩和だのと遊び散らかしておきながら、いざ、景気回復という結果が出ないと、「改革が足りない、成長戦略が足りない」と譫言を繰り返して自己弁護に終始してきた。

構造改革教徒にとって「改革が足りない」と叫び続けることは、何にも勝る快感を得られる麻薬や媚薬の類いなのだろう。

自らは結果に何の責任を持つことなく、周囲を見下して大所高所から高説を垂れておればよいのだから、これほど気持ち良いことはあるまい。

だが、彼らがドラッグパーティーに耽る間にも、経済は刻々と悪化を続けている。

いい加減に国民も、20年以上も結果を出せない迷信とはすっぱり手を切るべきだろう。