読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

うずらのブログ

積極的な財政金融政策による豊かで成長力に満ちた社会を目指します

生産性や付加価値は、需要の従属変数

筆者も仕事柄、起業者や中小企業の経営者が作った事業計画に目を通す機会がある。

事業計画なんてものは、たいがい、売上は過大気味に、リスクは過小気味に見積もられており、どうしても「“入”は多め、“出”は少なめ」になりがちだ。

例えば、「当社の独自技術により製品化するは、コラーゲンやヒアルロン酸に次ぐ第3の革命的素材である。美容業界や健康食品の市場規模は8,000億円にも達し、大手社が市場シェアの30%を抑えており、当社は残りのシャアのうち少なく見積もっても2%を確保できる見込み。よって、製品投入後早期に売上15億円程度は見込める」なんて威勢の良い口説き文句が書かれている。

筆者も、この手の夢物語を数え切れぬほど聞かされてきたが、製品化後に当初目標の売り上げを達成できるケースは間違いなく1割を切る。

目標額の半分も行けば良い方で、10億円の目標に対して1億円にも届かずに青息吐息のケースが大半だ。

見事に目標達成できるのは、多めに見積もっても1~2%くらいか。

失敗の要因で最も多いのは、需要見通しの甘さによる売上不振であり、挑戦者たちはリアルマーケットの厳しさを思い知らされることになる。

起業者や経営者は、得てして、自社の製品やサービスに自信過剰気味なため、現実の需要の厳しさに対して無警戒であり、いかに良いものを造るか、大量に生産するか、といった供給サイドの磨き上げに没頭しがちになる。

事実、いまマーケットに溢れ返っているあらゆる製品やサービスは、間違いなく景気の良かったバブル時代以前に比べて、顧客ニーズを満たして余りあるほど品質やデザインも大幅に向上しており、本来なら、もっと売れてよいはずなのだが、現実は非常に厳しく、各社とも売上確保に四苦八苦している。

こうした現況を踏まえて、「供給サイドには大きな問題はない。需要サイドが活性化すれば、供給サイドの稼働不足が解消されて、需要と供給の善循環が実現する」と主張するのが、筆者の立場だ。

しかし、実社会では、「不況の原因は日本の潜在成長率の低下にあり、成長戦略を立て、構造改革規制緩和の断行により供給力や競争力を強化し、中長期的な成長率向上を図るべきだ」という構造改革教徒の呪文の方が、遥かに幅を利かせている。

彼らは「潜在成長率」とか「生産性」、「付加価値」という語句を気軽に用いて持説を着飾ろうとするが、どうも、論旨が上滑りしている気がしてならない。

彼らの論を聞いていると、“生産性”とか“付加価値”こそ経済活動の最上位の概念であるかのように力説するが、そうした概念を担保する、あるいは、裏付けるものは何か、という点まで掘り下げた議論を聞いたことはない。

「グローバルネットワークやIoTを活用して生産性を大幅にアップさせる」とか「アメーバ経営の実践で付加価値向上を実現」みたいな怪しげな謳い文句を目にする機会はあっても、生産性や付加価値の源泉たる“需要”にまで切り込んだ論説を見かけることはまずない。

「生産性」とは、投入量と産出量の比率をいい、投入量(労働、資本、土地、原料、燃料、機械設備などの生産諸要素)に対して産出量の割合が大きいほど生産性が高いことになる。

また、「付加価値」とは、企業が新たに生み出した価値、付け加えた価値を指し、付加価値は売上高からその売上を上げるために必要となった外部から調達した商品やサービスの金額を差し引いて求め、メーカーなら売上高から原材料費を引いた金額、商社なら売上高から仕入高を引いた金額となる。

こうした小難しい定義とは別に、一般的に、生産性は業務効率、付加価値は利益率の高さと同意義で用いられることが多いが、いずれにしても、それを使う者は、製品やサービスがスムーズに消費される(=売れる)ことを前提として語っており、そこに落とし穴があることに気付いていない。

“造りさえすれば必ず売れるはず”というあり得ない妄想に耽ったまま、現実に起こっている需要不足という病から目を反らし続けるから、生産性や付加価値の大本になる「売上と収益(=需要)」の重要さに気付けないのだ。

本人が、どれだけ製品の付加価値の高さを自慢しても、現実に売れなければ、倉庫を賑わすただのゴミでしかない。

造ったモノが消費され、売上勘定が立って初めて、生産性とか付加価値とかいう話になるのであって、その逆はあり得ない。

経営者たる者、生産性、付加価値云々を語る前に、その前提条件となる需要の確保に最大限の配慮を払うべきだ。

『生産物は必ず消費される(=消費されないようなゾンビ企業は市場から即刻退場すべき)が、デフレの影響により収益性は不十分。よって、生産性UPのためコスト競争力強化が必要となり、労働コストの安い高齢者や女性、外国人をもっと活用すべき。ケチな日本人は高いものを買ってくれないから、金回りの良い外国人相手に高付加価値な製品やサービスをどんどん売るべし』というのが、頭の悪い構造改革主義者(=売国奴)の思考回路である。

しかし、経済活動にとって最上位の概念である「需要」というピースを欠いたまま経済を語っていると、必ずや、手痛いしっぺ返しを食らうことになるだろう。