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うずらのブログ

積極的な財政金融政策による豊かで成長力に満ちた社会を目指します

経済問題を観念で解決しようとするバカ者

最近、国際経済分析会合の場でスティグリッツ教授やクルーグマン教授が金融政策や構造改革頼みの経済運営の限界と財政政策の必要性を強く訴えたほか、世界経済の成長が鈍化し始めたことを受けてG7やG20でも財政出動が焦点に挙げられるなど、これまで新自由主義一色であった経済政策の潮流にも若干の変化が見受けられる。

だが、“これで財政政策が今後の経済政策のメインストリームに躍り出るぞ”と早合点するわけにはいかない。

機能的財政論を十二分に理解する論者とそうでない者との「適切な経済政策」に対する認識には、いまだに数万光年以上の開きがある。

『日銀の影響力低下が顕著、追い詰められたアベノミクス』(信州大学教授 真壁昭夫 4月12日ダイヤモンドオンライン)http://diamond.jp/articles/-/89290

上記コラムで真壁氏は、アベノミクスで一時的な円安・株高を演出で来たが、本当の意味での景気回復には至っておらず日銀と安倍政権は一段と苦境に追い込まれる、と主張する。

その要因として、

①日欧の中央銀行の金融政策による市場への影響力が極端に低下し、期待通りの通貨安を実現できていないこと

②賃金の上昇が期待されたほど盛り上がらず、また、非正規雇用の割合が4割近く達して家計収入が伸び悩んだところに消費税8%への増税が重なり、個人消費が伸びなかったこと

③過剰債務と過剰設備を抱える中国問題、原油価格下落による財政が悪化した中東諸国のSWF売却による株安懸念、中東からの難民問題を抱える欧州諸国の社会不安などの世界的リスクが顕在化していること

などを挙げている。

さらに、政策金利引き上げによるドル高懸念を何とか払拭したイエレン議長の手腕を持ち上げる一方で、「特に、金融政策頼みの円安・株高が主なセールスポイントだったアベノミクスは、一段と厳しい経済状況に追い込まれることになった」と安倍政権の経済運営を皮肉ったうえで、「そろそろ本腰を入れて、労働市場の改革や規制緩和など、本当の意味での成長戦略を考えるべき時期に来ている」とコラムを結んでいる。

元々、真壁氏は、新自由主義的色彩の強いグローバリズム礼賛系の論者であり、当コラムの結論自体、特に目新しいものではないが、せっかく金融政策一本足打法の無策ぶりと雇用の不安定化による個人消費の落ち込みを指摘しておきながら、実行すべき経済政策の答えを“労働市場改革や規制緩和”に求めてしまう素人ぶりには溜め息を禁じ得ない。

いったい、彼らは何時になったら目を覚ますのだろうか。

真鍋氏の言う“本当の意味での成長戦略”が何を指すのか、まったく意味不明だが、仮にGDPを確実に成長させることができる“戦略”とやらがあるのなら、具体的に出してみろと言っておきたい。

その中身が、「女性・高齢者等の就業促進、多様な働き方を可能とする環境整備、生産性革命、TPPを契機とする海外展開、インバウンド対策、外国人材の活用」あたりなら、端から耳を貸す気にもなれないが…

我が国では、バブル崩壊への過剰な反省から、橋本行革や小泉構造改悪に端を発する下らぬ改革ごっこや緩和ごっこに国民総出で駆り出されてきたが、その間、GDPの成長はピタリと止まり、世界で唯一の成長を忘れた国に成り下がってしまった。

改革の美名の下にあらゆる支出に“ムダ”というレッテルを貼り、20年以上にもわたって、官から民へ“ムダや支出の削減運動”を普及させてきたことが祟り、総需要が冷え込み、家計所得も低迷を余儀なくされている。

本来なら、GDPがマイナス成長になった時点で改革ごっこの過ちに気付き、即座に経済政策の方向転換を図るべきなのだが、狂信的な構造改革教の指導者とそれに帰依する愚かな信者の熱狂に支えられ、適切な判断ができぬままズルズルと改革ごっこを続けてきたのだ。

罪深い狂信者たちは、経済よりもモラルを優先させた改革騒ぎや緊縮ごっこが完全に失敗に終わったという事実を認めたくないがゆえに、結果から目を反らして、「改革が足りない、規制緩和が不十分だ」とひたすら強弁し続けるしかなかったのだろう。

だが、現実は冷酷である。

我が国を覆う経済不況の主因は「需要不足」であることは既に結論が出ており、原因が需要不足である以上、その解決方法は需要を増やすことしかありえない。

『需要=消費や投資』というシンプルだが動かしがたい結論に則れば、(供給サイドは高レベルにあるという前提条件付きだが)需要不足を解消するなら、消費や投資の原資となるマネー(借りるカネでは無くて使えるカネのこと)をドンドン投入してやるよりほかない。

そして、その“マネー”を供給するのは、需要の冷え込みに尻込みするばかりの民間経済主体ではなく、中央銀行通貨発行権という強力な武器を有している政府サイドであるべきだろう。

“改革・規制緩和・成長戦略”みたいな空疎な観念をいくら振りかざしても、カネを生み出すことはできないし、需要不足の解消には一ミリも役立ちそうにない。

江戸時代の三大改悪のごとく人心を委縮させるだけだろう。

経済問題を解決するのに観念を以ってするなど、失敗必至のバカげた行為だと断言できる。