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うずらのブログ

積極的な財政金融政策による豊かで成長力に満ちた社会を目指します

貨幣は国家が造るもの〜カネを惜しんで国民を苦しませるな!〜

筆者も参加している「進撃の庶民」のサイトに、非常に興味深いブログが紹介されていたので、読者の皆様にもご紹介したい。

政府紙幣と機能的財政論』holyfirework様

http://ameblo.jp/holyfirework/entry-12123541200.html

こちらのエントリーには、アメリカの南北戦争時に発行された政府紙幣(グリーンバック紙幣)の生まれた経緯を軸に、アメリカ独立や南北戦争が起こった背景について、貨幣国定説を絡めた示唆に富んだ論考が掲載されている。

リンカーンは、南北戦争という国家の大危機を前にして、当時の財務長官チェースの献策を容れて1862年~63年の2年間で450億ドルの新紙幣(グリーンバック紙幣)を発行して戦費を調達し、アメリカの統一という大事業を成し遂げたそうだ。

アメリカの南北戦争は、対外戦争ではなく、国内戦争であるため、国家基盤やそれに担保された国家の信用は、外国と戦火を交える場合より大きく棄損されるはずだろう。

なにせ、国家が二分され互いに殺し合うのだから、国家の弱体化は免れ得ない。

財政破綻教の常識からすると、そんな折に政府紙幣を増刷しても誰にも信用されないか、あるいは、たちまちハイパーインフレになり、市場が大混乱に陥ってしまうはずだ。

しかし、史実を見ると、そういった懸念はまったくの杞憂に過ぎなかったようで、実際に、グリーンバック紙幣は何の問題もなく流通し、兵士の給料支払いや軍事物資の調達に使用されたようだ。

この辺りの事情は、戊辰戦争による財源不足や殖産興業に向けた資金不足を補うために明治政府が1868年に発行した太政官札とよく似ている。

太政官札も、発行当初こそ紙幣に不慣れな国民になかなか流通しなかったが、政府が、太政官札を額面以下で正貨と交換することを禁止したり、租税および諸上納に太政官札を使うように命じたりしたことで、やがて問題なく流通するようになった。

つまり、国家の法制力により法定貨幣が通用する『貨幣国定説』が機能したということだ。

アメリカの南北戦争にしろ、明治維新にしろ、近代では国家の命運を揺るがす一大事が起きるたびに政府紙幣の存在がクローズアップされることがある。

大事業を成すためには、それ相応の資金が必要になるのだ。

裏を返すと、国家に火急の事態が生じると、カネよりも武器や物資の価値の方が遥かに上がり、“通貨の信認”云々という綺麗事など言っていられなくなるということだろう。

翻って、我が国を取り巻く現状はどうであろうか?

すでにバブル崩壊後20年以上の時が経過したが、その間に政府が積極的な経済政策を打ったのはほんの僅かな期間だけで、総じて緊縮政策や構造改革騒ぎに興じるばかりで、成長を諦め不況を放置している。

少子高齢化社会を運命づけられた日本、はもはや成長できないとばかりに、緊縮策を押し付け、“身の丈経済社会”を強制しようとしている。

長らく不況を放置し続けたツケはとてつもなく大きい。

厚労省の資料(平成23 年度社会保障予算~限界が見えた財源の捻出~)によると、年金・医療・福祉などの社会保障給付費の総額は、(データが古いが…)H22予算ベースで105兆円に達し、ここ20年余りで倍増している。

高齢者の人口割合が増加の一途を辿り、将来的にも社会保障費の負担増加が確実視される一方で、労働者層の所得は横ばい、或いは、下降のトレンドを描いており、家計における社会保障関連の負担は増すばかりだ。

こうした負担増加に対して、政府は、年金支給年齢の引き上げや支給額の引き下げ、薬価や診療報酬の改訂、高齢者の健康増進運動などの対応策を取っているが、まったく役に立っていない。

特に、年金支給年齢の引き上げや支給額の引き下げは、現役世代のモチベーションアップを邪魔するとともに、世代間闘争を煽り、家計防衛意識をますます高めるだけで、消費をシュリンクさせるだけの愚策としか言えない。

たったの20年で倍以上に膨れ上がる社会保障費を、現役世代だけで補填するなんて、あまりに荒唐無稽な方策だろう。

これは、人口構成の大きな変動がもたらした経済的厄災であり、国民の責めに帰すべき性格のものではない。

であれば、誰の腹も痛める必要はなく、通貨発行権という国家が共有する無尽蔵の財源を活用すればよい。

年間ベースで50兆円も増えた社会保障費を、政府紙幣を活用して負担すれば、大規模な財政政策と同様の景気刺激効果が見込まれる。

サラリーマン諸氏は、自分の給与明細を見れば気付くと思うが、総支給額から天引きされる控除項目のうち、税金よりも年金や保険の金額の方が遥かに多くなっている。

総支給額のうち、おおよそ20%くらいの金額が控除されてしまい、差引支給額は惨憺たる金額になってしまう。

この部分の国庫負担割合をぐっと引き上げて、手元に残る実所得を増やせば、勤労者世帯にとって大きな所得増加につながるだろう。

また、以前から問題になっている介護事業従事者の低賃金問題解消のための財源として活用するのも良い。

こうした「カネを使うべき」事業や分野は、それこそ幾らでもあるだろう。

多くの国民や業界から、国庫負担を求めるWillリストを募り、政府紙幣を財源とする資金供給を行ってもよい。

カネの価値や通貨の信認を惜しんで、不況を成すがまま放置するなど、あまりにバカバカしい行為である。

カネの価値が多少下るくらいなんでもない。

国家による資金手当てにより、様々な事業や制度が円滑に運営され、国民の効用が上がり、国家全体としての厚生が遥かに高まるだろう。

国家を支える根幹は人材の育成にある。

先進国と発展途上国との教育環境や教育水準を見れば、それは一目瞭然だろう。

だが、日本の教育を取り巻く環境は全く予断を許さない。

独立行政法人日本学生支援機構の資料によると、大学生の収入事情は、H24の年間収入は約200万円と10年前と比較して24万円余りも下がっている。

http://www.garbagenews.net/archives/1989935.html

減額の主因は、実家からの仕送り額が34万円も減っていることで、その分を奨学金などで補填して凌いでいるようだ。

国立大学の年間授業料は54万円ほどと、バブル期の1.8倍にも跳ね上がる一方で、その間家計は不況の只中にあり、仕送り額を減らさざるを得なかったことが解かる。

このため、昨今の大学生は奨学金に頼らざるを得ず、H24の大学生の奨学金利用割合は52.5%とH4の22.4%から大幅に増加している。

そして、奨学金を利用した多くの学生が、就職後のローン返済に苦しめられることになる。

日本の将来を担うべき最高学府の人材が、生活資金の確保や借金返済に汲々とさせられるなど異常としか言いようがない。

国公立大学の授業料くらい年間5千億円ほどもあれば賄えるだろう。

この程度なら、国債の増発や政府紙幣を活用して難なく調達できるはずだ。

国家の礎となる貴重な人材にカネで苦労させるよりも、そうした労力を勉強や研究に振り向けさせる方が、国家的厚生は遥かに向上する。

いくらでも創り出せる通貨を惜しんで国家を支える人材を疲弊させるようなことは、決してあってはならない。