うずらのブログ

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「実質金利」の限界

『15年の実質賃金0・9%減 物価上昇で4年連続下げ』

(2016年2月8日 09時30分 共同通信47NEWS)

厚生労働省が8日発表した毎月勤労統計調査(速報)によると、2015年の働く人1人当たりの給与総額(名目賃金)は月平均31万3856円で、前年より0・1%増えた。増加は2年連続。ただ物価上昇の方が大きかったため、物価の影響を考慮した実質賃金は0・9%減で、4年連続のマイナスだった」

厚労省の発表によると名目賃金が、ほんの僅かばかり増えたようだが、たったの0.1%増ではあまりに迫力に欠ける。

30万円の月給だとして、0.1%なら、たったの300円増えただけだから、まったく増えていないと感じる人も多いのではないか。

しかも、日用品を中心とした物価上昇の影響で実質賃金は4年連続ダウンしているため、一般の家計の感覚なら、安倍政権になって以降、ずっと不景気が続いていると感じるだろう。

「実質賃金」の話をすると、リフレ派の連中から「名目賃金は上がっており、アベノミクスの成果はきちんと出ている」と文句を言われそうだ。

相変わらず、リフレ政策の根幹を成す物価目標の未達状態が続いているということは、名実ともに賃金水準の上昇率が不十分であるということになるはずだが、彼らがそれを受け容れようとしない。

そんな実質賃金嫌いのリフレ派だけど、同じ実質値でも「実質金利」の方は大好物だから、ややこしい。

ご存知の方も多いだろうが、リフレ政策は、「貨幣数量説」と「フィッシャー方程式」を理論的なベースとしている。

貨幣数量説は、『貨幣供給量×流通速度=物価×実質GDP国内総生産)』という式を基に、世の中に出回るお金の量を増やせば物価は上がるという理論で、一見、尤もらしいが、“世の中の出回るお金”に、日銀当座預金で爆睡中のブタ積み資金まで加算するから実体経済とのズレが大きく、ほとんど役に立っていない。

もう一つのフィッシャー方程式は、米国の経済学者アーヴィング・フィッシャーが1930年に唱えた理論で、『実質金利=名目金利-期待インフレ率』で表される。

この式を変換すると『名目金利=実質金利+期待インフレ率』となり、名目金利が一定なら期待インフレ率を高められれば実質金利の低下につながり、それによって個人消費や企業の設備投資が促進され、物価上昇や景気回復を通じたデフレ脱却へ向かう、という理論である。

ここで筆者が疑問に感じるのは、リフレ派の連中が考えるほど都合よく、実体経済で活動する企業や家計等といった経済主体が「実質金利」に反応するのか、という点である。

そもそも、「期待インフレ率」なる指標が顕在化するのかどうかも怪しいものだが、存在し得ると仮定し、それが高まり、マクロ的視野で測った場合の「実質金利」が低下したとして、現況のような長期不況下にある状態で、果たして、多くの経済主体が、それをビジネスチャンスと認識し、消費や投資を活発化させるだろうか?

期待インフレ率が上昇したとしても、当然、業種や事業者、或いは、製品や商品単位でバラつきが出るだろうから、実質金利の下がり具合にも温度差が生じるため、「実質金利低下=投資や消費の活発化」という公式が成り立つ保証はない。

自分たちの業界が取り扱う商品が、すべからく、インフレ率上昇による商機に恵まれるわけではなく、業界内の競争が激しく、物価動向に便乗した値上げや販路拡大をできない業界や事業者は、実質金利が低下するどころか、仕入コストの波に呑まれることさえある。

実質金利の低下が投資環境の改善を促すこともあるだろうが、それは好況期に限定され、投資に対するインセンティブが低下する不況期においては、大した効果は望めない。

特に、20年にも及ぶ長期不況を経て、企業や家計は投資や消費に相当慎重になっている。

しかも、アベノミクスの成果とやらも、ほんの一部に限定され、せいぜい“給料の下落に歯止めが掛かりつつある”といった程度のものに過ぎず、企業や家計は、いまだに経済動向に対して強い猜疑心を抱いているのが実態だ。

こうした経済環境下で、実質金利が少々上がったからといって、消費や投資に前のめりになる理由などなかろう。

なにせ、彼らには、消費や投資以外に貯蓄(支出しないという意味も含めて)という選択肢もあるのだから。

インフレ率が上昇し、いくら実質的な金利が低下したとしても、投資に対するリターンが見込めないような経済環境であれば、そもそも投資することの意味が失われてしまう。

実質金利の低下は、十分に活性化した経済環境に対するブースター的な効果は見込めるものの、それ自体が、単体で大きな経済的モーメントを引き起こすような力を持ち得てはいない。

リフレ派の連中は、実質金利が下がっても消費や投資に興味を持てない経済主体を指して、「ビジネスチャンスをむざむざと逃す感度の低い人たち」だと揶揄するかもしれない。

だが、斜に構えて上から目線で、脱落者たちを揶揄しても事態は改善しない。

世の中には、実質金利が高かろうが低かろうが、そんなものには関係なく投資に踏み出せない企業など掃いて捨てるほど存在しているからだ。

そうした企業は、そもそも、投資に際して金利水準なんて気にしていない。

彼らが考慮するのは、長期的な売上や収益の見通しに関する確度のみであり、さらに金利(実質金利を含む)が低ければ、なお良し、といった程度のものだ。

確かに、高度成長期やバブル期のように、比較的金利水準や物価上昇率が高く、商機が続々と湧き出てくる経済環境下なら実質金利が果たす役割は大きい。

なぜなら、こうした経済状況下では、投資から収益獲得までの間の時間短縮や機会損失の防止が大きな意味を持ち、金利水準云々よりも、一日でも早く投資資金を手に入れることが重要視されるからだ。

しかし、少々持ち直したとはいえ、現状の経済環境は明らかに不況下にあり、日本経済は重度の内臓疾患を患ったまま、いまだ病床にあるというべきだろう。

実質金利の低下は、いわば、お得なディナー券を手に入れるようなものだ。

元気に外に出て働けるような人なら、それをこぞって手に入れようとするはずだ。

だが、体調を崩して病床で横たわっている人に、いくらディナー券をチラつかせても、そもそも食欲がないのだから、そんなものは要らないと迷惑がられるだけだろう。

世の中のあらゆる経済主体が、実質金利を見て投資や消費に前のめりになると妄想するは大間違いである。

リフレ派は、実質金利云々を論じる前に、それがキチンと機能する経済状態が創出されるよう適切な経済政策を訴えるべきだ。