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うずらのブログ

積極的な財政金融政策による豊かで成長力に満ちた社会を目指します

自助を信奉するあまり自助の足を引っ張る愚か者

下記の引用文は、とある安倍信者系リフレ派ブログから抜粋したものだ。

http://ameblo.jp/akiran1969/entry-12121403257.html

小泉進次郎氏激白!補助金漬けと決別し農業を成長産業に』

週刊ダイヤモンド編集部 2016年1月25日

(聞き手)昨秋、政府与党の農政方針をとりまとめる農林部会長に就任しました。農政にどんな課題を感じ、何から着手しているのですか。

(小泉氏)僕がまず言っておきたいのは、農業ほど伸びしろのある産業はないということ。

すでに高付加価値化が進む製造業においては、数パーセントの生産性を上げるだけでも苦労する。でも、農業では当たり前のことができていないから、やればどんどん生産性が上がるはず。農業の成長産業化――儲かる農業への転換は必ずできます。

ただし、そのためには発想の転換が必要。つまり、旧来型の「アグリカルチャー(農業)」と「アグリビジネス(農業生産のみならず、周辺の流通・消費などを含めた農業関連産業)」が互いに相乗効果を発揮できる環境が要るのです。

今までは、アグリカルチャーがとても強く、おまけ程度にアグリビジネスがある、という状態だった。そして、アグリカルチャーに属する人たちはアグリビジネスが文化を破壊する敵だと思っている。民間資本が農業分野へ参入することに警戒するのも、同様のアレルギーがあるからです。

でも、僕の発想はそうじゃない。

歌舞伎を見てほしい。伝統芸能の世界では、(人気漫画の)「ワンピース」を題材にした歌舞伎講演を行なって、新たなファンを開拓している。ビジネスでの成功が、真に残すべきカルチャーを守ろうとしています。農業も同じ。カルチャーとビジネスは対立する敵味方ではない。両方が共存できる新しい農業を確立したい。(後略)

(引用元 http://diamond.jp/articles/-/85101

いかにも小泉のバカ息子らしい幼稚な意見で、周囲に気兼ねして日経新聞を読み始め、構造改革に目覚めた新卒者みたいな青臭い言葉が散らばっている。

バカ息子が言いたいのは、後略した部分も含めて、「農業は生産性が低い」、「農業は補助金漬けにされ新たなチャレンジに及び腰になっている」ということだろう。

まず、農業の生産性について、彼は、製造業のそれより遥かに劣っているかのように決めつけている。

しかし、日本生産性本部の資料(労働生産性の国際比較)によると、主要7か国の産業別労働生産性トレンドに関して、1990年代以降の生産性上昇率は製造業2.8%(トップは米国の4.0%)、農業2.0%(トップはカナダの3.2%)という結果が出ており、言うほど大きな差異はない。

しかも、同資料では、“日本の製造業の労働生産性は、1990年代にはトップクラスであったものの、2000年代に入って順位が大きく後退してきている。(中略)このところ4~7位あたりで推移しているものの、かつてのような優位性を回復するにはいたっていないのが現状である”と指摘されている。

また、経済財政白書でも、“全規模製造業で見ると、日本のROAは、アメリカ、ドイツと比べて低いことが分かる”とされており、「製造業=高生産性産業」というイメージは、単なる思い込みであることが解かる。

日本の農業は、兼業農家が7割を占めるため零細農家がほとんどで、大規模な設備投資が難しく、しかも、国内の地勢上、中山間地が耕地面積の40%、総農家数の44%、農業産出額の35%、農業集落数の52%を占めるため“規模の優位性を発揮できない“という悪条件が重なっており、労働生産性の急激な向上が望みづらいのは、致し方なかろう。

むしろ、かようなハンディを背負いつつも、諸外国に引けを取らない生産性を維持し続けていることに驚きを覚えるほどだ。

ここで改めてくどくどと説明する必要もないほど、日本の農産品の高品質化は進んでおり、もはや「国産品=高品質+安全・安心+味も良い」という認識が多くの国民の間で共有されている。

東京都が実施した「平成27年度第2回インターネット都政モニターアンケート~東京の農業~」でも、東京産農畜産物への期待という質問に対して、 「新鮮さ」(60%)、「安全・安心」(48%)、「味や品質の良さ」(35%)といった品質に関わることが上位を占めている。

農業後進国たる東京産の農産物ですら、これだけ期待値が高いのだから、日本の農産物=高品質という理解は間違っていないだろう。

次に、農業は補助金漬けで新たなチャレンジに及び腰云々という愚論について、私見を述べたい。

小泉のバカ息子は、いい歳こいて、市川猿之助主演の「スーパー歌舞伎ワンピース」がお気に入りのようだが、こんなものを持ち上げて革新派を気取られても困る。

市川猿之助といえば、歌舞伎役者というよりもタレント活動の比重が高く、件のワンピース歌舞伎も“歌舞伎の新たな挑戦”というより、“ミュージカルに歌舞伎の要素をちょっとだけ取り入れたもの”に過ぎず、取り立てて珍しいものではない。

この程度のことを革新的と称するのは明らかに過大評価で、むしろ、農業者がレストランを経営する6次産業化など、まさに異分野への挑戦であり、そちらの方が、よほど革新的だと言えるだろう。(たいがい失敗に終わるけど…)

また、日本の農業は欧米と違って補助金漬けゆえに脆弱だ、という論法も眉唾ものである。むしろ、農業大国と言われる欧米や豪州などの方が、高関税、所得補償、輸出補助金による国内農業への保護政策に、よほど力を注いでいる。

大規模農業というスケールメリットを存分に活かせる地勢条件の上に、国の手厚い保護政策がオンされるのだから、農業の生産性(収益性)が強化されるのも当然だろう。

(参考)

http://www.rieti.go.jp/jp/papers/contribution/yamashita/01.html

http://www.juno.dti.ne.jp/~tkitaba/agrifood/namerica/news/04061001.htm

http://www.tatuo.jp/091215nosan.html

日本の農業は補助金漬けどころか関税率も総じて低く、規模のメリットが享受できないうえに自然災害も多いという強烈なハンディを背負わされており、生産・販売ともに世界有数の厳しい条件やマーケットで奮闘していると言ってよい。

悪条件だらけの国内農業が、多くの国民から、その品質に高い評価や信頼を勝ち得てきたのは、ひとえに農業者と関連団体の弛まぬ努力と改善活動の賜物だろう。

農業の生産性が低いとしたら、それはメインマーケットである国内需要が低迷しているためであり、適切な経済政策によりそれが是正されれば、たちまち収益性やそれに伴う生産性も向上するはずだ。

個々の農家や農協の在り方にメスを入れれば、確かに閉鎖的で前時代的な風土も残っているが、輸出型企業への消費税還付という事実上の輸出補助金や欠損金の繰越控除制度による納税免除制度、雇用の流動化による労働コストカット等といった政策を悪用している大手製造業者から文句を言われる筋合いはなかろう。

苦労知らずのバカ息子は、“農業では当たり前のことができていない”などと偉そうに語っているが、自分こそ、立法府の議員のくせに、議員立法という「当たり前の仕事」をきちんとやっているのか怪しいものだ。

冒頭にご紹介したブログ記事は、ここから、“公助よりも自助”、“補助金よりも借りるカネ”という方向に話が向かうのだが、他人に厳しく自分に甘い新自由主義者の連中は、えてして、自分のことを棚に上げ、他人に対して無神経に「無償の努力」を強制しがちだ。

彼らは、どうも、自助と公助とを相容れない対立項としてしか理解できないようで、政府がちょっとでも公助に力を入れると、たちまち国民が自助を放棄して、国中が怠け者の巣窟にでもなってしまうかのように騒ぎ立てる。

だが、元来、バカバカしいほど生真面目で勤労意識の高い日本人にとって、そんなものは杞憂でしかない。

日本人の労働意欲は低下するどころか、毎年、過労死や過労による自殺で2000人以上が亡くなっている。

問題なのは、勤勉な日本人が提供する労働サービスに対して、対価や報酬があまりにも少なすぎることである。

「自助か公助か」という単純な二項対立の時代は、とっくの昔に終了している。

これから目指すべきは、公助をより充実させ、自助への取組みをよりスムーズにし、自助から得られる対価や付加価値をさらに増幅させる社会基盤を創ることである。

視野の狭い中学生みたいに「自助か公助か」という選択論に拘泥するのではなく、「自助も公助も」というステージに歩を進めるべきだろう。