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うずらのブログ

積極的な財政金融政策による豊かで成長力に満ちた社会を目指します

嫉妬や嫉みという負のエネルギーが経済を衰弱させる

『貧すれば鈍する』ということわざを、最近ほど強く意識させられることはない。

ことわざの意味は、「貧乏をすると、毎日その生活のことばかり考えるようになるから、人は知恵や頭の回転が衰えてしまい、賢い人でも愚かになるという意味。また、暮しが貧しくなれば、心までも貧しくなるものだということ(故事ことわざ辞典より)」だそうだ。

これは、昨今、常総市の災害処理に関わる市役所職員の残業代にケチをつけたり、公務員給与が上がったと騒ぎ立てたりする連中の賤しい妬み根性そのものであろう。

“暮しが貧しくなれば、心までも貧しくなる”とは、よく言ったもので、自分たちの生活の苦しさを理由に、何の関係もない人間の給料や待遇に、ぐずぐずとクレームをつけるとは何事か。

不況が長期化し、国内労働者の給料が低迷を続ける真因は、どう考えても、緊縮財政と構造改革路線をひた走り、実体経済の活性化を怠り続けてきた政治や財務省(ここだけは公務員の端くれと雖も特に強く非難すべき)の誤った経済政策にある。

そして、こうした逆噴射政策に熱狂的な喝采を送ってきた“庶民”そのもののせいであることは疑いない。

橋本行革、小泉バカ政権の構造改悪騒ぎ、民主党政権時の事業仕分け、安倍政権が進める消費増税やTPP・財政再建計画等々、自らの雇用を不安定化させ、収入減に直結する猛毒政策を進んで歓迎したのは、どこの誰なのか?

まさか、公務員に無理やり強要されたとは言わせない。

中には、公務員を“上級国民”と揶揄し、彼らの年収(社保込なのかどうかは不明)が40歳前半で700万円を超え、民間と比べて高過ぎる、と文句をタレるのもいる。

(年収700万円といっても、家族や住宅ローンを抱えていれば、決して楽な生活ではなかろう…)

しかし、公務員給与が上がったといっても、先の震災時に減額を強要された分が戻った、あるいは、地方公務員が数年、もしくは、十年以上前から自主的に給与削減に取り組んできた分の削減率が、少々緩和された程度に過ぎない。

(筆者の知り合いの地方公務員は、10%の削減率が9%に緩和されたと苦笑いしていた)

この程度のことで上げ足を取られて、さも、給料がぐっと上がったかのように過大に喧伝されては、公務員たちも堪らないだろう。

我が国のGDPは、橋本行革が始まった1997年をピークにずっと低迷が続いており、GDPの動きと改革ごっこや緊縮気味の財政運営との関係性には、強い逆相関性が見て取れる。

馬鹿げた経済政策に見切りをつけて、世界標準の成長率をキープできていれば、いまごろ、名目GDPは900兆円近い水準に達しているはずだ。

そして、420万円程度とされるサラリーマンの平均年収も700~800万円くらいにはなっていただろう。

緊縮病や改革病に憑りつかれ、みすみす成長のチャンスを逃してきた我が国をしり目に、各国は順調に成長し所得を伸ばしてきた。

世界各国の平均年収(GLOBAL NOTE 2014年資料 1ドル120円換算)を見ると、1位スイス1,140万円、2位ノルウェー978万円、3位ルクセンブルク955万円、以下、デンマーク887万円、オーストラリア840万円と続く。

いずれも、人件費のグローバル競争力がない小国か、1次産品や資源といった付加価値の低い産物を主要産品とする資源国ばかりである。

こうした産業の裾野が狭い特殊な国々と比較して、世界に誇る高度な技術力やサービス提供力を有する日本の平均年収が劣っていること自体が、そもそも奇異なことだろう。

しかも、我が国においては、就業者全体の15%ほどしかいない製造業従事者の平均年収が押しなべて低い(大手メーカーは例外)のも問題である。

例えば、技術士540万円、発電工520万円、圧延伸長工491万円、製紙工474万円、鋳物工426万円、旋盤工417万円、金属プレス工390万円等といった具合に、モノづくり大国ニッポンを自称する割に、彼らの給与水準は決して高くはない。

彼らの待遇は、歴代政府の間違った野放図なグローバル化政策のせいで、途上国の給与水準との競争に晒され、上昇のきっかけを掴めないでいる。

日本は内需主体の経済構造を持つ国である以上、マクロ経済の成長を志向するなら、その構成員たる国民一人一人の所得を漸増させ、それを原資に消費や投資を活性化させる必要があろう。

そのためには、庶民同士が、誰それの給与が高過ぎるとか、あいつは貰い過ぎだとかいった妬みや嫉みは厳に慎むべきで、少なくとも、年収が1,000万円に満たない層が互いの給与水準を批判し合うのは、極めてバカバカしい限りだ。

巷のサラリーマン諸氏は、大した功績も上げてないのに数億~十数億円もの報酬を得ている自称プロ経営者に文句をつけることはない。

一方で、身近で大人しい公務員には、常に批判ばかり浴びせているが、自分の子供には、公務員の職に就いてほしいと願っている。

(親が望む子供の職業ランキングで、「公務員」は不動のトップをキープし続けている)

公務員制度は、国民に対して平等に門戸が開かれているのだから、彼らを羨むくらいなら、努力して試験に合格すればよいだけだろう。(年齢的に、もう遅いんだろうが…)

また、民間企業の給与が上がっていないのに、公務員の給与を先に上げる(正確には、減額率を緩和するだけ)のはおかしい、と愚痴るのも恥ずかしい話だ。

公務員は、国民から負託を受けて公的サービスを提供するのが役目であり、サービス業者の端くれに過ぎない。

たまたま、税金を原資として給与が払われるから、クレーマー庶民から“私たちの税金が~”と下らぬ批判の矢面に立たされるだけで、民間企業の殿(しんがり)役まで仰せつかるような謂れはない。

彼らに、そこまでの義務を負わせるのは、明らかに過剰サービスの強要だと言えるだろう。

“公務員の給与が高過ぎる、土建屋の給与が高過ぎる”などと、次々とターゲットを変えて給料泥棒狩りばかりに熱中していると、やがて、自分の職種がターゲットにされる日が来る。

「俺がなけなしの金をはたいて高い車を買ってやってるのに、車屋の連中の給料は高すぎるんじゃないか?」なんて、見当違いの批判があちこちで沸き起こるだろう。

経済、特に、マクロ経済は、様々な経済主体による複雑な相互連関の上に成り立っている。

他人の給与を批判し、その足を引っ張ろうとする行為は、マクロ経済を構成する連関のピースを破壊する行為に等しい。

そうした自分勝手かつ無責任な行為により、連関の環が断ち切られ、そのパイプも細くなり、それが経済の停滞や衰退を招くのだ。

他人の給与に対する妬みを募らせるのは、気付かぬうちに自分の皿に毒を盛るのと同じことだ。

今の日本では、労働者の4割が非正規雇用だと言われており、重労働と低賃金に苛まれ、厳しい境遇に身を置かざるを得ない方が数千万人はいるだろう。

そういった方々の待遇をスピーディーに改善させたいなら、経済政策の立案や決裁権限を持つ議員の連中の尻をこそ強烈に叩くべきだ。

公務員の給与を下げて事態が改善するくらいなら、とっくの昔に景気が回復しているはずだ。

一部の国民の給与を引き下げて経済が良くなった国なんて聞いたことがない。

下らぬ嫉妬心に費やす情熱を、より生産的な行為に回すべきだろう。

何よりも、国民自身が目を覚まして自らの不勉強と不見識を改め、整合性のある思考を取り戻せぬ限り、現状が好転することはあるまい。