うずらのブログ

積極的な財政金融政策による豊かで成長力に満ちた社会を目指します

「欲求>我慢」という経済環境が成長を生む

筆者も仕事柄、創業や起業の相談を受けることがある。

洋菓子店を開業したい、地元の農産物をネット販売したい等々、方向性は様々だが、日本政策金融公庫総合研究所のレポートによると、 開業時の資金調達額は平均で1,464万円、うち金融機関等からの借入額は平均928万円程度だそうだ。

ちなみに、一般の金融機関では、創業者に対する新規融資を実施する機会は、周囲が思っているほど多くはない。というより、ほとんど無い、といった方が正確だろう。

創業者が融資を望む場合に、真っ先に相談すべきは、日本政策金融公庫国民生活事業(昔の国民金融公庫)である。

ちなみに、公庫の創業者向けの無担保・無保証人融資制度を使うと、事業費の1割以上の自己資金が必要になるが、条件に応じて1.00~2.90%の金利(固定金利)が必要になる。

史上希にみる低金利時代が続いているとはいえ、事業リスクが極めて高い創業者向け融資の金利としては、これは、大バーゲンと言ってよいほどの低金利(しかも固定金利)で、バブルの頃なら、恐らく10%は下らなかっただろう。

だが、競争ばかり厳しくてモノが売れないこの時代に、手元の資金に乏しい創業者が、十分低いとはいえ、元金に金利分を足した負債を抱えようとする動機は何だろうか。

その動機とは、『時間を買うこと』にある、というのが筆者なりの答えだ。

融資とは、時間を買い、短縮させるための行為で、融資に付随する金利とは、短縮のためのコストである。

例えば、ケーキ店の開業を目指す創業者が、5年掛かって貯めた300万円の自己資金を元手に、1,200万円の開業資金を用意せねばならないとしたら、不足する900万円分の融資を受けることにより、900/300×5年=15年分の時間を短縮できることになる。

このまま借入に頼らずコツコツ自己資金を貯め続けると、物価上昇がまったくないと仮定しても、目標の1,200万円を貯めるまでに、さらに15年分の月日が必要になろう。

15年も経ってしまえばマーケット環境も激変するだろうし、年をとって創業どころではなくなり、創業意欲自体が萎えてしまうかもしれない。

こうしたリスクを乗り越え、15年分の期間を一気に縮めるのが、融資の持つ最大の役割だと認識している。

マクロ経済の低迷と歩調を合わせるように、金融機関の融資状況はパッとしない。

国内銀行の融資額は今年に入ってから前年対比3%を上回る伸びが観測され、一時の低迷は脱したように見える。

しかし、地域の金融機関、特に、信金・信組は融資先の開拓に四苦八苦しており、中小企業や小規模事業者の大半がお世話になる信用保証協会付けの融資は、新規の保証承諾や保証債務残高は、何れも前年実績割れが続いている。(H27/10 保証承諾額は前年同月比96.8%、保証債務残高は同93.2%)

世間には、“中小企業には資金需要があるのに、金融機関側が応えきれていない”と言い掛かりをつける輩がいるが、いやしくも、返済を前提とする資金である以上、返済能力に疑義のある融資を軽々に「資金需要」と呼ぶべきではない。

「資金需要」と呼んでいいのは、マクロ経済環境が活性化し、前向きかつ返済原資のエビデンスが確かなものに限定すべきだ。

今は赤字に苦しんでいるけど、将来大化けしそうなキラリと光る技術や強みを持っているダイアモンドの原石みたいな中小企業は確かに存在する。

しかし、大概は発掘されぬまま、あるいは、研磨されぬままで終わる。

そういった企業の経営者は、根っからの技術屋で、強みであるはずの技術を売上に変える熱意が足りない種族が多いからだ。

彼らは、モノを創ることにしか興味がなく、最も大切なマーケティングや営業から逃げ回るから、売上や利益が上がるはずがない。

思い起こせば、バブル期頃には7~8%もの高利でも、争うように融資が伸びて行ったそうだが、あちこちに転がっている収益やビジネスのタネを誰よりも早く手に入れようとして、当時の企業や家計が、高いコストを払ってでもいち早く時間を買いたい、という強い熱意を持っていたことの証左だろう。

こうした投資や消費に対する意欲の強さは、「家計や企業の我慢と欲求との綱引き」によって決まるのだと思う。

融資(投資)が右肩上がりで伸張するのは、金利というコストを払ってでも時間を買いたい、という欲求が我慢の限度を軽く超えられるような経済環境が引き起こす現象であり、それは消費にも同じことが言える。

翻って、デフレ不況期に融資が低迷したのは、事業拡大や消費に対する熱意や欲求が冷め、我慢の限度内に収まってしまったからだろう。

(生活必需品等で我慢の限界を超える場合は、他の商品やサービスの消費を削る代替消費が発生する)

マクロ経済(GDP)を成長させるということは、家計や企業の消費や投資に対する欲求を、我慢との綱引きに勝てる強さにまで増強することである。

しかし、そうした欲求を何の裏付けもなしに増強させることはできない。

リフレ派のように、所得や売上の増加という実弾を伴わない空手形(異次元緩和によるインフレ期待)をいくら乱発しても、人々の欲求が強まることはない。

また、緊縮財政派が唱えるような、社会保障制度の見直し(=改悪)や国の借金の削減は、所得や売上の削減に直結する負の効果しか生まず、役に立たないどころか害悪でしかない。

家計や企業の消費や投資に対する欲求を焚き付けるものは何か。

欲求が我慢の限界を越えられない原因は何か。

その答えは、誰しもが既に知っているはずだろう。