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うずらのブログ

積極的な財政金融政策による豊かで成長力に満ちた社会を目指します

マスコミと自称弱者だけが持つ思想弾圧特権

最近、弱者の権利保護を盾に取っての度を超した「言葉狩り」や「思想狩り」が横行している。

『県職員「同性愛は異常でしょ」と投稿…処分検討(12月2日読売新聞)』

岐阜県技術検査課の30歳代の男性職員が、ツイッターに「同性愛は異常」などと投稿していたことが分かった。

職員は1日、県の聞き取り調査に対して事実関係を認め、投稿を削除したうえで謝罪文を書き込んだ。県は職員の処分を検討する。

同県人事課やツイッターなどによると、職員は先月29日、神奈川県海老名市の市議ツイッターに同性愛者に対する差別的な書き込みをしたことを受け、「同性愛は異常でしょ。だいたい、何で同性愛者とかは自分の変態的異常性を公表したがるんだ?」などと投稿した。この日、職員は休みだった。

職員がツイッターのプロフィル欄に「某県庁職員」などと記載していたことなどから、投稿後、県に複数の情報が寄せられ、発覚した。同課は「県職員として不適切な発言で、極めて遺憾」とし、職員の処分を検討している“

これとは別に、先月も、韓国で、世宗(セジョン)大の朴裕河(パク・ユハ)教授の慰安婦問題に関する著作を巡り、元慰安婦らに対する強制性を否定する内容だとして、韓国の検察当局が、朴教授を名誉棄損で在宅起訴する、というトンデモナイ事件が起こったばかりだ。

本件に関する韓国検察の起訴理由は、“朴氏が慰安婦を「自発的な売春婦」であるかのように描いて「虚偽の事実で慰安婦の名誉を毀損した」と断じ、「学問の自由を逸脱した」”から、という質の悪いクレームレベルのイチャモンである。

だが、「名誉棄損=学問の自由の逸脱=起訴」という公式が成り立つなら、政府や法務当局は、自らの恣意的な判断により、いくらでも思想の統制や弾圧をすることができるだろう。

こんな横暴が許される国なら、お隣の将軍様主権国家と何ら変わりない。

韓国は、建付けの悪い「民主主義」という看板を下ろすべきではないか。

冒頭に紹介した岐阜県職員のツイッター発言に対する過敏な反応と行き過ぎた処分も、韓国の異様な世相と同じ性格の反応だと思う。

当の職員の同性愛者に対する発言は、確かに中傷の域を出ないが、仮に中傷の対象が“同性愛者”ではなくニートや引きこもり、失業者など他の弱者であったら、これほどの騒ぎになっただろうか?

特定の弱者や団体(障害者団体や同和団体など)を誹謗中傷したわけではなく、世間一般に存在する同性愛者という“個人や団体を特定できないふわっとした存在”を中傷したからと言って、なぜ、これほどバッシングを受ける必要があるのだろうか?

特定の個人に対する常軌を逸した誹謗であるならまだしも、休日に個人のツイッターで、誰を傷つけたのか特定しようもないレベルの悪口を発したからと言って行政的な処分を科されるのは、明らかに行き過ぎた越権行為や脱法行為であり、当の職員は、県の処分や県に苦情を寄せたバカな暇人連中を相手取り、訴訟を起こしてもよいだろう。

今回の処分は、憲法が保障する思想信条の自由や表現の自由を侵す許し難い行為である。

そもそも、性に対する考え方や嗜好の自由が許されるなら、それらに対する異見や反論があることも当然許容すべきだろう。

昔と違い、現代では、かつて差別的な扱いを受けた“弱者”が、ケースによっては強権を発動できる“強者”へと容易に変わり得る時代になったことを十分に考慮する必要があり、「弱者=永遠にいたわり続けるべき存在」という固定観念を基に判断すべきではない。

弱者保護の名を借りた過剰な検閲行為や思想・言論弾圧行為は絶対に許されるべきではないが、こと対象が慰安婦とか在日韓国人、同性愛者、被差別部落などといったマスコミ受けのいい相手となると、マスコミの連中は、掌を反して、お得意の『表現や言論の自由』という伝家の宝刀をそっと棚の中にしまい込み、中傷者に対して猛烈にペンの暴力を振るい始めるから始末に負えない。

彼らの卑怯かつ恣意的な行動を俯瞰していると、表現の自由なんて言葉が、いかに軽くて実を伴わないものであるかを思い知らされる。

それは、こんなニュースにも表れている。

『観光ポスター: 美少女キャラは「セクハラだ」批判受け撤去(12月1日毎日新聞)』

“このキャラクターは美濃加茂市の農業高校をモデルに描いた人気ライトノベルのうりん」に登場する美少女。昨年1〜3月にテレビアニメ化され、人気となった。

(中略)

これに対し、「このイラストでは(イベントに)家族や恋人同士では行きたくない」「人気を集めりゃなんでもいいわけじゃない」などとインターネット上で批判が上がり、協会側は同29日、駅のポスターを撤去した。

 スタンプラリーは市内の飲食店を利用しスタンプを集めると、特製グッズがもらえる企画で今回が4回目。市によると、過去3回も別の美少女キャラで宣伝したが、今回のような批判はなかったという。

 同協会事務局の担当者は、三重県志摩市が、市が公認したオリジナルの海女さんキャラについて、反対署名などを受けて公認を撤回したことを引き合いに、「今回のポスターは人気作品(のキャラクター)をそのまま使っているだけなのに」と困惑の表情を見せている“

これなども「女性=弱者=女性蔑視(軽視)につながる表現はご法度」という固定観念が生み出したくだらぬ騒動だ。

ポスターの内容に文句をつけたバカどもの言いたいことは、有史以来男性に虐げられてきた女性を性の対象としか見ていない下劣な表現はけしからん、といったところか。

だが、仮にこれが男性キャラを使って、同じような表現をしていたら、まず、このような騒動に発展することはなかっただろう。

ジェンダーフリーとか男女平等をうるさく言う割に、差別だと騒ぎ立てる発火点がいつも一方通行なのは、なにゆえか?

マスコミや一部の弱者を称する連中が、言論や思想のイニシアティブを取り、弱者保護の御旗の下に、醜悪な言葉狩りや思想弾圧を平気で行うような状況を看過し続けていると、遠からぬ未来に、名も知らぬ隣人同士による何とも言いようのない息苦しい監視社会が到来すると予測する。

(※)今月から、試行的に同じ記事をアメブロにもアップします。

http://ameblo.jp/kobuta1205/

宜しくお願い致します。