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うずらのブログ

積極的な財政金融政策による豊かで成長力に満ちた社会を目指します

センスがない人=現実に目を向けられない素人経済学の信者たち

921日に安倍内閣発足から1000日目を迎えるにあたり、首相側近から「金融緩和のために『日銀法改正に踏み切る』という発言が飛び出したそうだ。

 

最近、とんとご無沙汰気味であった日銀法改正だが、今年130日に衆院本会議で、安倍首相自身が、日本銀行法改正は将来の選択肢として検討を続ける考えを示したほか、今年の8月にも、本田内閣官房参与が、ロイターのインタビューに応じて、自民党総裁再選後の政策課題として日銀法改正を第一に挙げ、「2度とデフレにしないためには、日銀法改正が不可欠」だと発言している。

 

これには、日銀悪玉論者であり、日銀法改正を宿願としてきたリフレ派の連中も大喜びだろう。

 

彼らは、以前から、根拠不明の金融緩和絶対主義を唱え、円の価値が棄損するのを恐れて金融引き締め論に固執する緊縮財政派との対立を繰り返し、いわば、経済学会の異端児として長年冷や飯を食わされてきた。

 

しかし、欧米各国が、相次いで金融緩和政策を柱とする経済対策(実際は財政政策も並走していたのだが…)を打ち、構造改革と金融緩和こそが経済政策の本流だという誤った認識が蔓延し、それが、財政政策を避けつつ経済対策を打つポーズだけは見せておきたいという構造改革派の思惑とマッチする形で、国内にも受け容れられるようになった。

 

そして、安倍政権が発足して黒田総裁が就任するや否や、意味不明であった日銀券ルールが撤廃され、我が国でも事実上のインフレ・ターゲット政策が実践されたことを受けて、それまでキワモノ扱いに過ぎなかったリフレ派は、一気に経済政策のメインストリームに躍り出ることになった。

 

前頭13枚目辺りで燻っていたダメ力士が、いきなり大抜擢され、横綱の地位を与えられたようなものだから、リフレ派の連中は歓喜に沸き立ち、以降、大恩人となった安倍首相を絶対視する“安倍信者状態”を続けている。

 

信者とは誠に有り難いもので、安倍首相のハチャメチャな経済失政を全てフォローしてくれる。

 

最近、リフレ派兼安倍信者のブログ記事をいくつか目にしたが、そのうちのひとつによると、「消費税増税は、アベノミクスには含まれておらず、アベノミクスそのものが良いか悪いかの判断材料には含まない。ただし、景気対策において消費税増税は、明らかに悪い影響を与えた」そうだ。

 

首相在任中に2度も消費税率を引上げた(10%への再引上げは20174月の予定)人物の経済政策に消費税増税が含まれていない、と強弁する幼稚さには失笑を禁じ得ない。

 

消費税率10%への引き上げに関しては、331日に参院本会議で税制改正関連法が可決され、1年半延期されたものの174月とすることが確定したうえ、ご丁寧に「景気条項」まで削除され、景気情勢次第で更に先送りできるような退路まで断たれてしまった。

 

また、630日に経済財政諮問会議での答申を経て閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針2015 ~経済再生なくして財政健全化なし~」(骨太方針)の第3章においても、「歳入面では、経済環境を整える中で、消費税率の 10%への引上げを平成29 4月に実施」と明記されている。

 

そもそも、アベノミクスに消費税増税が含まれていないのなら、安倍首相が身体を張ってでも税率引上げを阻止すべきだろうが、財務省と闘うどころか、共闘して、増税に向けた外堀固めを着々と進めている。

 

だが、いくら動かぬ証拠が揃っていても、狂信者は現実よりも信念を優先させるもので、たとえ教祖が現行犯で捕まっても、その罪を決して認めようとはしない。

 

熱心な安倍信者と化したリフレ派の連中は、“安倍首相は消費税増税を望んでおらず、増税を画策する財務省と全力で闘っている”と言い張り、アベノミクス3本柱が「財政再建構造改革規制緩和」にあることを受け容れようとしない。

 

しかし、先に紹介した骨太の方針を読み込めば、「経済再生」<「財政再建」であることが直ぐに理解できるはずだ。

「経済再生なくして財政健全化なし」を基本方針とする、なんていう言い回しは、財政再建を進めるに当たっての痛みを緩和するために、経済対策をする(かもしれない)という“ポーズ”を演出するためのものに過ぎない。

 

経済再生と言っても、デフレ脱却を志向する前向きな対策ではなく、緊縮政策に伴い国民から噴出するだろう不平や不満を逸らすための必要最低限の対策を打つかもしれない、という程度の認識でいるべきだ。

 

それを証拠に、「歳出改革」では、“聖域なく徹底した見直しを進める。また地方においても、国の取組と基調を合わせ徹底した見直しを進める”と更なる歳出削減を宣言し、「歳入改革」では、先に紹介したとおり、20174月の消費税引上げを断行すると言い切っているではないか。

 

また、別の信者のブログ記事によると、“政府が、「お金を刷って、もっと量を増やすぞ」

とアナウンスしますと、たいていの人は、「お金の価値が下がって行くんだな」と判断し、それを裏返しますと、「物価(モノ・サービスの価値)が上がって行くんだな」と判断されます。これがインフレ期待“だそうだ。

 

ほとんどの国民や企業経営者は、恐らく、異次元緩和どころか、金融緩和政策自体の意味や意義を全く理解できていないだろう。(嘘だと思うなら、身近にいる人に尋ねてみてはいかがか)

 

リフレ派の連中は、“政府がお金を刷って云々”というくだり自体が、広く国民に理解されていないことを受け容れられないまま、後段のお金の価値と物価の関係の法則に話を持って行こうとするが、そもそも、ほとんどの国民や経営者は、お金が刷られている(実際は既発債と日銀券が両替されているだけで実体経済への影響は微細に過ぎないが…)ことを認識しておらず、お金の量と物価の関係まで辿り着けてさえいない。

 

リフレ派の連中は、所得になるお金と借りなければならないお金とを意図的に混同させ、金融市場に滞留するだけの見せ金を指して「お金を刷った」と言い張るが、当の国民や経営者の関心は実体経済の方にあり、利子を付けて返済せねばならないお金の量の多寡など端から気にしていない。

 

金融市場に滞留するお金がどれだけ増えても、それは関心の対象外であり、その量の増減をチェックすることもないし、金融市場のカネの量の増加とインフレとを結びつける発想自体を持ち得ていない。

 

国民や経営者が気にするのは、所得に直結するお金の量だけであり、それが増えない状態でインフレ期待など持てるはずがなかろう。

 

だが、リフレ派は、“勿論、全員が全員、その様な期待(=インフレ期待)を持てるという訳ではなく、当然の事ですが、インフレを予想しない人も存在します。その様な人達は、単に出遅れてしまうだけで、一般には“センスが無い人”として認識されまして終了です“と言い放って平気な顔をしている。

 

社会の仕組みが理解できない世間知らずには困ったものだが、“全員が全員”どころか、いい意味でのインフレ期待を持っている者なんて、ごく少数だろう。

 

多くの国民が持っているのは、「インフレ期待」ではなく、金融緩和政策による円安や原料高が引き起こした生活必需品などの物価高に対する「インフレ不安」である。

だからこそ、国民や経営者は財布の紐を固く締め、必要最低限の支出しかしようとせず、家計の実質消費支出額は長らく低迷したままなのだ。

 

世の中には、インフレ予想をせずに消費に消極的な、いわば、リフレ派の連中が卑下する「センスがない人」で溢れ返っているようだが、国民の認識の方が間違っているとでも言うつもりなのだろうか?

 

むしろ、いまだに、所得になるお金と借りなければならないお金との区別を付けられなかったり、所得になるお金が絶対的に不足している状態でもインフレ期待を持てるはずだと勘違いしたりするような素人経済学を信じる者こそ、「センスがないバカ」だと呼ぶべきなのではないか。