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うずらのブログ

積極的な財政金融政策による豊かで成長力に満ちた社会を目指します

経済成長の源泉は、国民の財布の中にあり

6月29日に、新生銀行から「2015年サラリーマンのお小遣い調査」というレポートが公表された。

(今年の4/15~17に全国の会社員やパート・アルバイトなど合計2,536名を対象としてネット調査を実施したもの)

日本全体の景況感について、報道では、アベノミクスにより今年の春闘による賃金引上げ率が0.67%と前年実績(0.49%)を上回ったことを受けて、景気の見通しを楽観視する見方が強い。

一方で、街の声や世間の意見を拾うと、「自分の給料は全く上がっていない」とか、「給料が上がっているのは輸出で儲かった大企業だけ」、「物価の値上がりに給与の伸びが追いつかない」といった不満の声が大勢を占める。

今回紹介するレポートは、混沌とする景気動向の見方に一定のヒントを与えてくれる。

まず、月平均の小遣い額は男女ともに減少している。

男性会社員は37,642円と前年比1,930円の減少(▲4.9%)、女性会社員は34,468円と前年比2,244円の減少(▲6.2%)となり、かなりのダウンを喫している。

ちなみに、男性会社員の小遣い水準は、2007年以降ダラダラと減る傾向にあり、1982年に次ぎ過去2番目の低さだそうで、バブル期(7.7万円)の半分以下にまで落ち込んでしまった。

続いて、小遣い額の変化を見ると、全体の8割以上が「変化なし」との回答だったが、「アップした」との回答は、男性会社員で6.6%、女性会社員で4.9%に過ぎず、逆に「ダウンした」との回答は、男性会社員で11.0%、女性会社員で17.6%とアップした割合を大きく上回っている。

しかも、「アップした」と回答した階層の個人年収の平均額は、男性会社員が572万円、女性会社員が296万円であるのに対して、「ダウンした」と回答した階層の個人年収の平均額は、男性会社員が425万円、女性会社員が251万円という結果が出ており、比較的年収の高い層の小遣いが増える一方で年収の低い層の小遣いが減り、年収による“小遣い格差”が上下方向に拡大する傾向にあると言えよう。

富める者(といっても、年収600万円にも満たないのだが…)がより豊かになり、貧しい者の懐具合がより苦しくなるという結果に、何ともやるせない気分になる。

こういうデータを見ると、「給料が上がっているのは輸出で儲かった大企業だけ」、「物価の値上がりに給与の伸びが追いつかない」という巷の声も、妙にリアリティが感じられるものだ。

また、レポートでは、サラリーマンの昼食事情にも触れており、1日の平均昼食代は、男性会社員が601円(前年比+60円)、女性会社員が666円(同+154円)とともに上がっているが、レポートでは、この上昇分の殆どが消費税増税や食材費の高騰に伴う外食の値上げによるものと分析している。

ここ数年来、小遣いが減り続ける中で、昼飯代が1割以上(女性は3割以上!)も上がっては、たまったものではないだろう。

昼食の内訳データを見ると、「持参弁当」の割合が、男性会社員で34.8%(前年比+2.3ポイント)、女性会社員で56.3%(同+7.4ポイント)と上昇する一方で、「外食・社食・弁当購入・出前」等の割合は、男性会社員が57.9%(同▲2.8%)、女性会社員が37.1%(同▲6.4%)と減少しており、外でランチを摂ること自体が“プチ贅沢化”しつつあるのかもしれない。

正直に言って、女性会社員のランチ代が意外に安いことに驚かされた(もっとオシャレな店に入っていると思っていたのに…)が、男性以上に小遣いが減る中で、これだけ外食の値段が上がると、弁当持参に切り替えざるを得なくなるのも仕方がない。

また、消費税増税による負担感については、男性会社員の78.2%が「大変」もしくは「少し」負担を感じていると回答し、昨年より5.2ポイント、消費税5%への引上げ後より17.3ポイントも増えている。(女性会社員は84.9%が「大変」もしくは「少し」負担を感じていると回答)

そして、経済的なゆとりに関して、男性会社員の58.6%、女性会社員の59.4%が「苦しい」と回答している。

このように、世のサラリーマンやOLたちの慎ましい小遣い事情を目の当たりにすると、中間層や低所得層を中心とした所得向上を図り、そこを起点とした経済成長を実現させることの大切さを痛感させられる。

20年近くも停滞を続けていると、国民の多くは、ノーマルな経済政策やありきたりの景気対策では、もはや経済成長など出来っこないと決めつけ、生活を一変させるような革新的技術の出現を期待してしまう。

そして、これまでに人々の生活を大きく変えた蒸気機関車や大型貨物船、自動車、飛行機、家電製品、パソコン、インターネットのような極めて新規性の高い技術開発なしに世の中を変化させることは叶わない、ドラスティックな変化を経ずして経済成長なし、という誤った思考のループに嵌まり込んでしまいがちだ。

こういったある種のヒーロー願望にも似た極端な思考が、人々の視野を歪めて経済政策の選択の幅を狭めてしまう。

いつ現れるともしれない革新的技術の出現を待ち続け、当たり前の経済対策を放棄してしまうと、その間に国民所得は停滞、あるいは、減少し、購買力や需要力は衰える一方となるだろう。

そんな状況が続けば、幸運にも高度技術が実用化されたときには、既に、それを買い支える需要力がなく、せっかくの技術が使われもせずにゴミ箱行き、というまことにバカげたことになってしまう。

何の対策もなしに、稀代のヒーローの出現に期待するような打率の低い手段をわざわざ選ばずとも、国民や企業から広範囲に望ましい経済対策メニューを公募し、それらを解決する手段として、長期かつ大規模な財政金融政策を打ちつづければ良い。

ちょっとつつけば、まともな所得を得ることができる職がない、保育所や保育人材が足りない、介護人材が足りない、教室にエアコンを付けたい、道路や橋が老朽化して危ない、頻発する自然災害に備えて観測体制を強化したい、東シナ海での中国の動きに備えて軍備を強化したい等々、国民生活向上のため、国益のためにやるべき事業はいくらでも出てくるものだ。

それらに十分な予算を付け、コツコツこなしていけば、成長を阻害する懸案事項が解決され、事業を通じた実体経済への資金供給により経済力も強化され、国民や企業の購買力や需要力も増し、それが新たな技術開発や高度人材を産み出すという好循環につながるだろう。

いいかげんに、「供給ありき」、「開発ありき」といった昭和の価値観から抜け出し、需要力低下による需要不足こそが、現在の経済苦境の病根であることを認めるべきだろう。

経済成長を実現するのに、画期的な新技術や革新的な新サービスのような華々しい英雄は、必ずしも必要ではない。

そこら辺に掃いて捨てるほどいるサラリーマンやOLたちの給料や小遣いが増え、彼らが1,500円くらいのランチを当たり前のように食べられる世の中にすることこそが、経済成長そのものなのだ。