読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

うずらのブログ

積極的な財政金融政策による豊かで成長力に満ちた社会を目指します

被害者ヅラする人喰い虎

既に報道されているとおり、6月25日に自民党の若手議員が開いた「自民党文化芸術懇話会(文化の欠片もない内容だったようだが…)」での、出席者らによる“マスコミ弾圧発言集”が大きな話題となった。
(このニュースは、後発のギリシャのデフォルト問題に掻き消され、既に話題性を失いつつあるが、私見を述べておくために敢えて採り上げる)

会合自体は、安倍親衛隊を自任する自称若手議員の有志により開かれたもので、講師に呼ばれた作家の百田直樹氏をはじめ、出席議員から、次のような『問題発言』が飛び出したというものだ。

大西英男衆院議員(東京16区、当選2回)
「マスコミを懲らしめるには、広告料収入がなくなるのが一番。政治家には言えないことで、安倍晋三首相も言えないことだが、不買運動じゃないが、日本を過つ企業に広告料を支払うなんてとんでもないと、経団連などに働きかけしてほしい」

長尾敬衆院議員(比例近畿ブロック、当選2回)
「沖縄の特殊なメディア構造をつくったのは戦後保守の堕落だ。先生なら沖縄のゆがんだ世論を正しい方向に持っていくために、どのようなアクションを起こすか。左翼勢力に完全に乗っ取られている」

百田直樹氏
「もともと普天間基地は田んぼの中にあった。周りに何もない。基地の周りが商売になるということで、みんな住みだし、今や街の真ん中に基地がある。騒音がうるさいのは分かるが、そこを選んで住んだのは誰やと言いたくなる。基地の地主たちは大金持ちなんですよ。彼らはもし基地が出て行ったりしたら、えらいことになる。出て行きましょうかと言うと『出て行くな、置いとけ』。何がしたいのか」

こうした発言の数々は、会議室の扉の向こうで盗み聴きしたマスコミの連中により、早速、政権与党によるマスコミへの言論弾圧だ、あるいは、言論機関への威圧行為だ、政府に対する異論封じだと大きく報じられ、自民党は、マスコミ各社から一斉に非難を浴びせられた。
折から集団的自衛権違憲問題で守勢に立たされていた自民党執行部の連中は、上へ下への大慌てとなり、同会代表の木原実議員を更迭して事態の収拾を図らざるを得なくなった。

当の自民党議員の連中も、日ごろから、沖縄問題やマスコミの偏向報道に強気な発言を繰り返してきたくせに、マスコミがちょっと過剰反応すると、出席した議員たちは、“心より反省している”、“マスコミ規制のようになってしまったのは不適切だった”と、急にトーンダウンしてしまった。
そればかりか、百田氏までもが、“発言はジョークだった”とか“私人としての発言だ”と格好の悪い言い訳に終始して無様な姿を晒すことになった。

筆者は、現政権や自民党を不支持とする立場であり、集団的自衛権の問題や今回の騒動を経て、結果的に安倍政権や与党の支持率が下がるなら、今回の騒動は、むしろ「慶事」だと受け止めている。

実際に、新聞やネットの投稿に目を通してみると、今回の問題は、安倍政権や与党に対して支持・不支持両方の立場から強い非難が浴びせられている。

支持の立場からは、集団的自衛権の問題で政権が立ち往生している時に極めて拙速な行為だと非難され、一方、不支持の立場からは、時の政権与党が強大な権力を使って言論を封じようとする非常に危険な行為だと非難される有り様だ。

だが、筆者としては、こういった戯言に耳を貸す気にはなれない。

マスコミの連中は、言論弾圧だとか政権からの威圧だと騒いでいるが、全くの過剰反応であり、何をほざいているのかと呆れてしまう。
獰猛な人喰い虎が飼い猫にじゃれられて、命の危険を感じたと震えて見せるようなものだろう。

事実、騒動が勃発するや否や、マスコミはいつもの護送船団ふりを発揮して、国民を煽り立て、一斉に与党批判の声を上げた。

するとどうだろう、会合に出席した下っ端議員から政権幹部に至るまで、御白州に引き出された罪人みたいに平謝りの総ざんげ状態になってしまった。
巨大与党の威厳など、マスコミの持つ強大な権力の前では、猛虎に睨まれたハツカネズミのようなもので、マスコミに対する言論弾圧どころか、噛みついた側の与党の方が、却ってマスコミから一睨みで威圧され、震え上がる有り様だ。

いまや、マスコミは第四の権力などではなく、勝手に国民の負託を受けたかのように振舞って三権を監視し、その上位に鎮座する「皇帝」並みの権力を手にしていると言ってよいだろう。

今回の騒動でも、「言論の自由」という言葉が飛び交っているが、その「自由」の基準を決めるのは、常にマスコミなのだ。
言論の自由と言っても、自ずと、逸脱してはならない範囲や使用が許される相場があり、それはマスコミによって定められている。

その範囲とは、おおよそ次のようなものだろう。
・戦後に形成された国際秩序を順守すること
憲法(と言っても9条だけ)を順守すること
・テロに対してはペンでのみ闘うこと
地球温暖化に反対すること
・環境や希少生物の保護に賛成すること
原発稼働に反対すること
・財政健全化に賛成すること
公共事業に反対すること
・改革や規制緩和に賛成すること
グローバル化を賛美すること
・人種や性的思考などマイノリティーの立場に過剰に配慮すること
・大戦の被害者を称する中韓鮮諸国に配慮すること
・犯罪者(被害者ではなく)の人権に配慮すること

彼らは、自分たちが勝手に設けた基準線を絶対不可侵の領域のごとく死守し、それを踏み越えようとする者は、マスコミ業界に対する不遜な挑戦者と見做され袋叩きにされるのが常である。

これまでも、電力業界や自治体、土建業界、農業団体、捕鯨団体、在特会など、数多くの団体や企業が、マスコミの定めたデッドラインに触れて(というより、マスコミ側から一方的にイチャモンをつけられて)、重傷を負わされてきた。

今回も、袋叩きにされた自民党が1ラウンドでKOされ、マスコミの威厳を世に知らしめる結果となったが、冒頭に紹介した「マスコミの息の根を止めるには広告収入の元を絶つ」とか、沖縄の基地利権に群がる卑しい連中の存在をマスコミ自身の口から報道させたことには大きな意義があると思う。

残念ながら、自民党サイドが、マスコミに対して何の抵抗もせずに、速攻で土下座外交に切り替えたため、一連の騒動がマスコミの横暴ぶりや地方紙を中心とする偏向報道等の問題にまで発展する様子はなさそうだが、広告収入という最大のアキレス鍵が、改めて白日の下に晒され、普段はマスコミ批判に興味のない国民の目にも触れたという事実は大きい。

マスコミの連中は、自分たちへの批判を、さも、「言論や表現の自由」に対する挑戦であるかのように報じているが、そういった自由が守られるべきは国民一人ひとりであって、マスコミのみに与えられた特権ではない。

マスコミは、自らが『言論府の長』であるかのごとく振る舞い、誰に対しても公然と批判の矛先を向けるが、自分たちを批判することは断じて許そうとせず、お得意の大護送船団を繰り出して批判者を猛攻撃する。

既得権益に守られた言論界という居心地の良い巣に閉じこもり、太平の世を謳歌するマスコミを甘やかす必要などない。

今回の問題では、政治家が報道機関に圧力を掛けることを頭ごなしに否定する意見が罷り通っているが、政治家は国民の声を代弁することが重要な仕事のはずであり、国民の中に、マスコミの報道姿勢に対する批判の声が一定数存在する以上、そういった国民の負託を受けているという自覚を持って、もっと手厳しくマスコミの偏向報道や編集権の乱用問題を追及すべきだろう。

言論弾圧とか表現の自由の侵害といった類の自分勝手な批判など歯牙に掛ける必要はない。
国民の声を代表し、マスコミに対して、広告出稿で圧力を掛けたり、放送免許の停止をちらつかせて本気で脅かすくらいの緊張感を与えないと、言論界のゴロツキどもが目を覚ますことはあるまい。



(※)6月28日(日)に「進撃の庶民」というブログにコラムを寄稿しました。次回は、7月12日(日)の予定です。
http://ameblo.jp/shingekinosyomin/