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うずらのブログ

積極的な財政金融政策による豊かで成長力に満ちた社会を目指します

収入が増えることこそが消費者の利益

『お酒の激安販売を規制へ 議員立法で今国会に関連法改正案 量販店やスーパーの特売〝標的〟』
“ディスカウントストアや量販店などで、酒類の過剰な廉売を規制する酒税法改正案が、今国会に議員立法で提出されることが13日、わかった。関連法に取引基準などを新たに定め、違反すれば業務改善命令や酒類販売の免許を取り消す処分ができるようにする。
 酒税法などの一部改正案は、自民党民主党などの議員連盟の要望を受け、衆院財務金融委員長案として提出する。今通常国会で成立させ、1年以内の施行を目指す方針だ。
 大規模量販店やスーパーマーケットでは、特売の“目玉商品”として、通常の小売店の仕入れ値以下の価格でビールなどを販売するケースがある。度を越えた廉売により、値引きを強いられる卸売業者や、競合する一般の酒販店などの経営が圧迫されるケースも少なくない。
 酒類の不当廉売に対する申し立てや苦情は、「他の物品に比べて群を抜いて多い」(自民党議員)ことから、酒税の円滑な徴収が阻害される恐れがあるとして、法改正に乗り出す。“
(2015.4.14 産経ニュース記事より)

実際に、業態別酒類販売数量における一般酒販店の割合は、平成3年に83%もあったのが、平成25年には14.8%にまで激減している。
酒類全体の販売数量が漸減傾向にある中で、体力のない酒販店が、大手スーパーや量販店との競合に敗れていった結果だろう。(一般酒販店の赤字企業割合は約25%にも及び、他業態と比べて突出している)

今回の酒類不当廉売に対する規制の動きは、こうした現状を見かねてのことだろうが、あまりにも遅きに失している。
一般酒販店の事業者数は、平成13年の7万者から、平成25年には3万2千者ほどと半分以下に減っているが、この間、自民党議員の連中は、支持母体の苦境をほったらかしにして何をしていたのか。
もはや、新自由主義者の巣窟と化した自民党議員の連中は、改革だ、自由競争だと頭に乗って、必要な規制を怠り、大手企業が不当にマーケットを席巻するのを、指を咥えて眺めていただけではないか。

だが、こうした不当廉売に対する規制に対して文句を言う愚か者もいる。

さっそく、日経新聞が4月30日付の「春秋」で、今回の規制の動きに噛みついた。
コラムでは「なんだか統制経済という言葉を思い出すコワモテぶりだが、今国会で成立をめざすそうだ。消費者の利益は二の次の業界対策というほかない」と批判し、酒販店の保護などもってのほか、安いスーパーや量販店あるいはネット通販で酒を買うのが世の中の流れだ、とお得意の“なんでも現状肯定論”を展開している。

自分たちはマスコミ業界という最強の統制経済下でぬくぬくと保護されておきながら、他人には厳しい競争を課そうとするいい加減さは相変わらずだが、彼らが金科玉条の如く持ち出す「消費者の利益」とは、いったい何を指すのか。

何でも安くモノやサービスが買えることが消費者の利益だと考えているなら、世間知らずの小学生かオバちゃん並みの幼稚な発想としか言えない。
モノやサービスが安く手に入るということは、その対価を受け取る事業者の収入や利益が減るということの裏返しで、卵やビールを安く買えたと喜ぶ主婦がいれば、その裏で、会社の収入減少に悩むご主人が存在するということだ。

一部の者がやっているうちは良いが、これがマクロ経済全体に伝播し、廉売→事業者の収入減少→家計の所得減少→廉売という負のデフレサイクルに陥ると、深刻且つ長期の不況を免れない。
そして、それを実践したのが、小泉・竹中のバカコンビによる日本型デフレ不況であり、日本経済は、いまだにこの不況から脱し切れずにいる。

この『コスト削減=消費者の利益説』という邪教が恐ろしいのは、消費者だけでなく事業者の関心のすべてをコスト面に集中させてしまうことにある。
消費者(家計)は、とにかく安いものを探し回り、事業者(企業)は、削れるコストを炙り出そうと躍起になる。

その世界では、損益計算書の頂点に位置する「売上」や「収入」は完全に視野外に置かれ、売上原価以下のコストにのみ焦点が当てられ、削減対象となる生贄探しに誰もが熱中しはじめる。
大概の場合、最も図体のデカい仕入原価や人件費が真っ先にターゲットとして吊し上げられて、削減の大鉈が振るわれる。
その影響をもろに受ける下請け業者や家計では、経済活動の源泉となる収入を減らされた以上、支出を減らさざるを得ない。つまり、他者が本来得るべき収入や利益を削らざるを得ないのだ。

経済活動に対して、コストという一面からのみアプローチし続けると、収入減少→支出減少→収入減少という八つ当たりの連鎖はいつまでも止むことはない。
しかし、我が国では、政治家も国民も、こうした愚かな行為を20年近くも放置したままで、一向に改めようとする気配もない。
しかも、安倍首相が、先日の日米首脳会談で行った演説で、バカみたいに「改革」を連呼していたのを、大手マスコミがこぞって礼賛する有り様だ。

総務省が昨日発表した3月の家計調査では、2人以上の世帯の消費支出は1世帯当たり31万7579円で、物価変動の影響を除いた実質で前年同月に比べ10.6%減少し、比較可能な2平成13年1月以降で最大の落ち込みとなった(前年同月を下回るのは12カ月連続)そうだが、政府や官僚、マスコミをはじめ多くの国民も、こうした惨状に対する危機感が著しく欠如している。

家計が支出を増やせないのは、収入や所得が十分に増えていないためであることくらい小学生でも解るが、調査結果を受けて、明治安田生命の謝名憲一郎エコノミストは「消費者マインドは改善しており、今後、個人消費は回復基調で推移するだろう」とまったく的外れなコメントを出している。

収入がたいして増えてもいないのに、なぜ消費者のマインドが改善するのか、仮にマインドが改善したとして、なぜ支出が減っているのか、収入が増える見通しもないのに、なぜ個人消費の回復を予測できるのかという点について、このバカエコノミストは何ひとつ説明できていない。
現状の構造改革・緊縮財政・金融緩和の3本柱による経済政策の正当性を無理に主張しようとして、事実を糊塗してはいけない。

このまま、コスト面のみからアプローチする経済政策に固執していると、家計調査結果の悪化が今後も続くだろう。
一刻も早く、まず売上や収入を増やす、そのためにどういう経済政策が有効か、という基本的且つ当たり前の発想に転換すべきだ。

昭和40~50年代くらいの漫画に目を通すと、物価が高いとかインフレだというフレーズをよく目にするが、登場人物は、そんな経済環境に臆することなく、希望に満ちた表情で生き生きと描かれている。
それは、彼らの収入が物価以上のスピードで上昇し、年々、生活力がUPしていたからに他ならない。

そうした時代とは比較にならぬほど技術力や供給力が増した現代には、高度成長期以上の経済成長を享受できる資格も可能性も十二分に備わっている。
足りないのは、それを理解し、実行に移そうとしない国民のマインドのみだ。

消費者の利益とは、モノやサービスをできるだけ安く買えるというレベルのみみっちいものではない。

消費者が”消費”者たる所以は、安いものを求めて買い渋ることではなく、積極的な消費主体として国富の太宗を占める個人消費を動かすことにある。

年を追うごとに十分なスピードで収入や所得が増え、質や性能の良いモノやサービスを躊躇いなく手に入れることができること、そして、そうした消費者の要求を満たすモノやサービスがいつでも即座に供給される経済環境こそが、真の意味での消費者の利益だと言えるのではないか。