うずらのブログ

積極的な財政金融政策による豊かで成長力に満ちた社会を目指します

外需を尊び内需を蔑む田舎者

イスラム国の日本人人質事件の陰に隠れてしまったが、先週、欧州中央銀行(ECB)が量的緩和に踏み切ったというニュースが大きく報じられた。

今回の量的緩和策の骨子は次のとおり。

国債を中心とするユーロ建て債券を月額600億ユーロ購入(約8兆円)

・買入期間は今年3月から来年9月末まで

物価上昇率の中期目標を2%弱に設定

政策金利は過去最低の年0.05%に据え置く

・ECBの国債買入額は各国の国債発行残高の三分の一まで

・損失が出た場合は各国の中央銀行が購入分の8割を負担する

デフレ不況の瀬戸際に立たされた欧州経済立て直しのための窮余の一策とも言えるが、ユーロ圏が19ヵ国からなる寄合所帯でギリシャやドイツを例に挙げるまでもなく各国の経済情勢に大きな差もあること、国債買取額の制限によりギリシャやイタリアなど肝心の南欧諸国に対する資金供給が期待できないこと、日本で先行して実施された異次元金融緩和政策の経済効果がいま一つ不透明であったことなどから、今回のECBによる量的緩和策に対して懐疑的な見方も多く見受けられる。

それは当事者も覚悟の上らしく、日経新聞の取材でも理事間のメンバーの一人が「効果が薄いのはわかっている。だが何もしないわけにはいかない」と苦しい胸の内を語ったそうで、時代遅れの財政規律万能主義に染まったドイツの顔色を窺いながら出来上がった妥協の産物なのだろう。

今回の量的緩和は、ユーロ安の進行による輸出型企業の競争力養成といわゆる“インフレ期待”の醸成による投資の活発化を狙ったものだろうが、わずか1年半ほどの期限付き緩和策では、長期スパンでのユーロ安トレンドを演出できるかどうか不安がつきまとう。

また、アメリカ並みの移民国家と化したユーロ圏では、高失業率や低賃金労働が横行しており各国内の所得向上に対する下方圧力が日本とは比較にならないほど強く、インフレ期待に呼応して内需拡大を起こせるほどの購買力が圏域内に残っているかという点について大きな疑問を持たざるを得ない。

しかも、経済効果自体はさておき政府債務を実質的に無効化できる我が国とは違い、ECBにはそういった副次的効果もない。

恐らく、金融マーケットに巣食う卑しい連中を喜ばすだけで、日本の量的緩和政策以上に期待外れの結果に終わるだろう。

いまのところ、ECBの量的緩和政策を手放しで評価する報道は見かけず、冷静に分析されているようだが、相変わらず結論部分があらぬ方向に向かう報道もある。

筆者の地元紙の社説でも「肝心なのは産業競争力を高め内需を喚起する実効策であり、そのための構造改革こそ急がねばならない」と頓珍漢な解説が付けられている。

こういった典型的なサプライサイダー文学をサラリと挿入してくるのが罪深いところだが、そもそも、何のエサもなしに産業競争力が高まることなどない。

世間知らずの構造改革主義者は“産業競争力の向上”などと簡単に口にするが、それには十分な売上と収益の確保が欠かせないが、彼らは、企業が飲まず食わずでカイゼンに取組めば競争力が上がると勘違いしていないか。

“産業競争力の向上”と“内需を喚起する実効策”との順序を逆にすべきで、その後段にある“構造改革”みたいな毒薬は服用すべきではない。(構造改革すべきは周回遅れのサプライサイダーの頭の中だろう)

日本やユーロ圏のみならず先進国全般に言えることだが、経済政策を検討する際に、「供給は自国、購買は他国」という外需偏重型の図式を前提に論じられるケースが多い。

「先進国経済は既に成熟し成長の余地は少ない。よって、成長が見込まれる発展途上国を中心とする外需を獲得せねばならない」という固定観念に捉われていないか。

外需信仰に心酔する田舎者は、国内産業の構造改革(労働者のリストラとゾンビ企業退治)と外需の取り込みこそが競争力を向上させると信じ込んでいるようだが、それが単なる迷信であったことは失われた20年という経済失政ですでに実証済みだ。

こういった外需開拓史観に縛られて、最も重要な“内需を喚起する実効策(長期的且つ大規模な財政金融政策)”を疎かにするなど愚の骨頂である。

自国の経済政策ではどうあがいてもコントロールできない外需に依存するなど、羅針盤も舵も持たずに荒れた海に乗り出すようなものだ。

金融緩和政策は財政政策のサポーターとして欠かせない重要な経済政策であり、それ自体に罪はない。

しかし、経済とは常に成長し続けるべきものであること、経済成長のエンジンはあくまで内需を核とすべきであること、内需を喚起する実効的な政策とは構造改革とか規制緩和のような空念仏ではなく財政金融政策を指すものであることという根本思想を理解しない限り、せっかくの金融緩和政策に魂が宿ることはなく、一時的な通貨安による歪な物価高を招き、金融マーケットに跋扈する博徒を喜ばすだけで、いたずらにその評価を貶めることになるだろう。