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うずらのブログ

積極的な財政金融政策による豊かで成長力に満ちた社会を目指します

「貨幣錯覚」という錯覚

広い世の中には変わった人もいるもので、大雨のせいでズブ濡れになりながら、「雨なんて降っていない」とか「こんな雨なんて大したことない、もう晴れ間が見えているぞっ!」と現実とは別の世界を語ろうとする人が少なからず存在する。

 

安倍政権の経済運営に対して極めて好意的で、アベノミクスの成果を過大評価しがちな一部の経済学派(+その取り巻きの有象無象の連中)の人々にも、そうした変わり者がいる。

 

金融緩和政策が大好物の彼らは、「安倍政権になってから名目賃金2%上昇した(??)」、「国民の間に貨幣錯覚が起こっているから、実質賃金が低下しても問題ない」と強弁している。

名目賃金2%上昇したなんていう偽データ(自分の給料は上がっているのかもしれませんが…)をどこから引っ張り出してきたのかは置いておくとして、「貨幣錯覚」まで持ち出してきた涙ぐましい努力には失笑を禁じ得ない。

 

「貨幣錯覚(money illusion)」とは、“物価の変動によってもたらされる消費の増減のこと。貨幣錯覚があるときは、名目所得が増加すると、実質的な所得が増加したかのような消費者の錯覚により、実質消費が増加することになる”(exbuzzwordsより)という用語であり、給料も物価もかなり上がっている状態下で、名目給与額が上がったことに気を良くした人々が、物価上昇により実質的な購買力が落ちていることに気付かず買い物に精を出す状況のことを指すものだ。

 

彼らは、アベノミクス下でこの貨幣錯覚が起きていると主張するとともに、実際に起こっている実質賃金の低下を批判する論者に対して、せっかくの貨幣錯覚の効果を打ち消し日本の景気を悪化させようとする国賊だと非難する始末だ。

「信ずる者は救われる」、「景気の“気”は気分の“気”」レベルの民間信仰を盾に、真っ当な警告を発する者に対する魔女狩りに没頭する様は滑稽としか表現できない。

 

いまの日本に貨幣錯覚を起こせるほど給料が上がった幸せな人は、一体どのくらいいるのだろうか。

 

日本銀行が全国満20歳以上の個人4,000人を対象に行っている「生活意識に関するアンケート調査」(第60回) 201412月調査 の結果では、1年前と比べて収入が「増えた」という回答は9.2%しかいないのに、「減った」という回答は40.8%に上る。

また、1年後の収入が「増える」という回答は6.6%に対して「減る」は41.5%と6倍以上にもなる。

 

こんな惨憺たる状況で、錯覚を起こしてまで浪費しようとする人間が、マクロ経済全体を成長させるほど存在するとは到底思えない。

事実、1年後の支出について「増やす」との回答は4.8%しかいないが、「減らす」は52.3%と11倍近くになる。

 

貨幣錯覚のようなラッキーな現象は、高度成長期のように名目賃金2桁近いペースで増えるような環境でしか起きえない。

たかが、12%、あるいは、コンマ以下のレベルで給料が増えたところで、消費税増税分で簡単に打ち消されるだけだ。

 

しかも、失われた20年の間、雇用環境は破壊され、名目賃金もマイナスか、極めて低率での伸びに抑えられており、国民の雇用や所得に対するマインドは氷点下に冷え込んでいると言ってよい。

つまり、国民は所得の見通しに強い猜疑心を抱いており、少々の賃金上昇があったところで財布の紐を緩めようとはしないだろう。

 

貨幣錯覚とかインフレ予想、タイムラグみたいな言葉遊びに興じている間に、現実の実体経済はどんどん劣化し、国民生活は疲弊の一途を辿っている。

ぜひ本物の貨幣錯覚を体験してみたいという人々も多いことだろう。

 

そのためには、国民の所得を直接刺激できる長期的かつ大規模な財政政策が欠かせない。

異次元の金融緩和政策により、財政バズーカ砲が効き目を発揮できる素地は整っている。

公共事業だ、いや、給付金だ、減税だと陣地争いをするのではなく、国民所得を向上させるものは全て実行することを何より優先すべきだ。