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うずらのブログ

積極的な財政金融政策による豊かで成長力に満ちた社会を目指します

経済政策はカネを使ってこそ意味がある

今日は衆議院選挙の投票日だが、事前の予想で与党の大勝が見込まれているためか、気持ちが盛り上がらない。

今回の選挙の争点は、アベノミクスの評価という触れ込みだった。
共同通信社世論調査では、アベノミクスの恩恵を実感していないとの回答が84.2%、アベノミクスを評価しないとの回答も51.8%に達したそうで、これが真実なら、いまごろ与党は慌てふためいて選挙区を走り回っていなければならないはずだ。
だが、マスコミ各社は与党の勝利は揺るがないと予想し、自公両党とも余裕の表情で選挙を進めてきた。(そして、この手の国民にとって都合の悪い予想はたいがい当たる…)

選挙結果はさておき、こうしたアベノミクスに対する世論の評価に抗するかのごとく、安倍政権の経済運営を絶賛する変わり者も存在する。
とある経済系のブログを眺めていると、アベノミクスに対する熱い思いが語られるとともに、それがいかに正しい政策であるかを謳っていた。

彼は、アベノミクスの第一の矢の経済効果について、次のように記している。
(以下、要約)
「リフレ政策の流れについてカンタンにおさらいすると、
適切な財政金融政策
→期待インフレ率の上昇
→実質賃金の一時的な低下(①)
→失業の改善(②)
→生産のパイの拡大(③)
→実質賃金の上昇 という感じです。
①は名目賃金の硬直性と「実質賃金=名目賃金÷物価」であることから、
②は物価変動と失業率が逆相関の関係を表わすフィリップス曲線から、
③は失業率の変動と実質GDP成長率の変動が逆相関の関係を示すというオークンの法則から、 それぞれ説明されます。
(中略)
まぁ、確かに実質賃金が減り続けてきたことは事実でしょう。
しかしながら、フィリップス曲線にインフレ率と失業率の逆相関が表れている以上は、①→②の流れは事実であり、実質賃金の低下が雇用を生み出しているのが現実なのです」

ファンタジーの世界に生きる人の目に映る現実とは、こういうものかと驚かされる。

まず、「適切な財政金融策」とあるが、財政政策などとうの昔に終わっている。現在の財政政策は、社会保障費の増額分を他の経費削減で捻出し、いかに全体の支出額の伸びにキャップを嵌めるかという発想に基づく消極的なものに過ぎない。

また、現実に起こっているのは、期待インフレ率の上昇ではなく、コストプッシュインフレに追い立てられた家計や企業の「インフレに対する恐怖と失望」である。
こうした無慈悲なインフレによる実質賃金の低下がもたらすのは、失業率の改善や生産のパイの拡大ではないことくらい、一般的な常識を持つ者なら容易に理解できるだろう。
失業率の改善と言えば聞こえは良いが、かのブログの①~②に間で起こっているのは、単なる正規雇用から非正規雇用への置き換え(=雇用の質の劣化)に過ぎない。

失業より非正規の方がましとの意見も聞くが、非正規雇用は身分が固定化しやすく、勤労世代の生涯所得の低下につながる愚策であり、到底受け入れられない。
やがて勤労者の大半が非正規雇用になってしまえば、国内の需要はシュリンクし、生産のパイも縮小せざるを得なくなるだろう。
実質賃金と失業率を無理矢理トレード・オフの関係において対峙させようとするから、こんなおかしな発想になるのだ。

また、フィリップス曲線やオークン法則云々についても、それらはあくまで結果であり、必ずしも、物価上昇が失業率の改善を約束するものではないことを理解すべきだ。
特定の国のフィリップス曲線のデータを切り取り、物価が上がると必ず失業率が低下すると思い込むのは早計だろう。

物価が上がったから失業率が改善したのではない。
適切な財政金融政策が打たれ、家計の所得(名目賃金)が増えて物価上昇を許容できる環境が整う、という前提条件を無視すれば、いかに物価が上がっても真の失業率改善にはつながらない。

得てして、金融政策万能派や構造改革派、財政再建派の連中は、は名目賃金を軽く見ている。
そもそも、彼らは名目賃金の上昇を快く思っていない。
つい最近までの猛烈なデフレにより名目賃金の落ち込み以上のスピードで物価が低下するのを見て、実質賃金が上昇したと誇らしげに語っていたのは記憶に新しい。

彼らは、国民の平均給与(平成9年前後をピークに低下の一途を辿っていた)がほんのちょっとでも上がると、“アベノミクス(金融緩和+構造改革)の効果だ、消費税増税分を除くと賃金が上がった”と鼻息が荒くなる。

だが、現実は厳しいものだ。

家計調査報告(総務省)では、平成26年10月の家計消費支出(二人以上の世帯)は前年同月比で名目▲0.7%、実質▲4.0%と7カ月連続の実質減少となった。
勤労者世帯の収入(二人以上)を見ても平成26年10月の実収入(実質ベース)は前年同月比で▲2.1%とこちらは13カ月連続で減少している。

家計調査の推移を見てみると、消費支出や実収入が前年同月比で増加したのは、平成24年末から平成25年3月頃にかけての極めて短い期間のみ、つまり、アベノミクスの好影響が家計に波及したのは、政権発足当初の四半期のみと言ってよい。
それ以外の期間は、民主党政権時代をも下回る低迷ぶりだ。

結局、3本の矢のうち本当に効き目があったのは、10兆円規模の緊急経済対策のみ(第二の矢)と言える。
2発の黒田バズーカの効果も経済対策の軸になる財政支出を欠いたせいで、円安と一時の株高を演出はしたものの、そのポテンシャルを活かしきれていない。

過去の消費税導入時あるいは増税時との比較でみても、今回の増税の場合、導入・増税直前月と比べた消費支出(季節調整済実質指数)の落ち込み幅が大きく(今回▲13.3%、平成9年▲7.1%、平成元年▲5.7%)、その後の回復の動きも極めて弱い。
http://www.stat.go.jp/data/kakei/sokuhou/tsuki/pdf/fies_rf1.pdf#search='%E9%81%8E%E5%8E%BB%E3%81%AE%E6%B6%88%E8%B2%BB%E7%A8%8E%E5%B0%8E%E5%85%A5%E6%99%82%E7%AD%89%E3%81%A8%E3%81%AE%E6%AF%94%E8%BC%83++%E7%B7%8F%E5%8B%99%E7%9C%81'

この結果は、増税後の効果的な経済対策が打たれていないことに加えて、増税前の実体経済の体力がかなり弱っていたことに起因する。
重たい荷物を背負わせるにしても、健常者と病人とでは、その後の弱り加減に格段の差が生じるのは当然だろう。
重篤患者に点滴を打ち、少々熱が下がったところで薬の投与を止めて肉体労働を課せば、患者がぶっ倒れるのも仕方がない、と普通の感覚の持ち主なら想像できる。

だが、安倍政権や与党をはじめ、経団連エコノミストみたいな世間知らずの連中は、激務を課されて倒れた患者を見て本気で驚いているのだ。
彼らの感覚は、「あんなに高価な点滴を打ったのに、なぜ元気になれないんだ? 甘えているんじゃないか? やっぱり、筋肉質の経営体質にしなきゃグローバル化に対応できないな、よしっ、構造改革規制緩和だ!」くらいのものだろう。

増税後しばらくの間、何の経済対策を打たずに放置したのは、橋本政権と同じだ。
橋本政権時は、実体経済の悪化に加えて金融危機が発生し、その年の12月には大きく経済が落込み、翌年に大型の経済対策(真水で4.6兆円、事業規模で16兆円)実施を余儀なくされた。

だが、今回は、15年以上ものデフレ不況に曝され実体経済の体力が極限まで弱り切っているという前提条件があるにもかかわらず、出てくる経済対策の話はほんの2~3兆円程度でしかない。
その中味も、商品券とか灯油代の助成みたいな小ぶりなものばかり。
こんなものは、本来なら商工会議所や商工会あたりがやるべき仕事だろう。
餓死寸前の旅人に飴玉を投げ与えるようなものでゼロが一つ足りないのではないか。

今春の増税さえなければアベノミクスは成功していたはず、という言い訳は無用である。

政権側にしてみれば、財政再建構造改革規制緩和といった経済の足を引っ張る愚策こそ政策の本流であり、金融緩和や財政政策はそのための撒き餌に過ぎない。
増税さえなければ”という愚痴は、安倍政権側にしてみれば、撒き餌だけバラ撒いて釣糸を垂らさずに釣り場から去れと言われているようなものだろう。

国民に成長期待を持たせるには大胆な経済政策の転換が必要だ。
国民の収入が増えない、財布の中身が増えない状況でインフレ期待など起きえない。(インフレ恐慌は起きえるが)

インフレを許容するには、長期継続的な増収期待が不可欠だ。
給付金、減税、公共投資…考え付くものは何でもやればよい。
ただし、定額給付金みたいな一過性の給付よりも社会保険料の国庫負担割合引き上げのような継続的な施策の方が消費を刺激しやすく政策効果は高い。
他にも、公的セクターでの雇用拡大、大学など研究機関への投資拡大、自衛隊・警察・消防庁のレスキュー機能を統合した新たな総合レスキュー機関の設置など、必要な施策は山積している。 

国土保全、エネルギー供給、食料確保、教育、医療、福祉、科学技術、文化等々各分野が抱える問題は様々あると思うが、それらのボトルネックになっているのは、たいがいが資金不足によるものだ。
日本のような世界最大の資産保有国が、資金不足を理由に社会構造を老朽化させるなど愚の骨頂だろう。

カネを使うか、使わないかで揉めている段階などとっくの昔に終わっている。 カネを使うのは当然のこと、それも、Aを削ってBに注ぎ込む、という周回遅れのトレード・オフ論ではなく、AにもBにも必要なだけ使うべきだ。
何にいくら使うのかという細かい点は、それぞれの分野で議論すればよい。

ここ20年あまりの憂鬱な不況から、何か得られた教訓があるかと言えば、それは「カネを使わない限り実体経済は決して回復できない」ということだろう。


(※)
コメントをいただいている皆様、読者の皆様、いつもご愛読ありがとうございます。
今日は衆院選の投票日ですね。気が重いですが、私もこれから投票に行ってきます。