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うずらのブログ

積極的な財政金融政策による豊かで成長力に満ちた社会を目指します

思考の固定化と現実逃避

先週は日本列島を寒波が襲い、中国地方から東北・北海道まで日本海側にかけて、かなりの積雪があった。

 

師走もスタートしたばかりのこの時期に大雪のニュースはまだ早かろうと思っていたが、125日には、大雪の影響もあり四国の徳島~愛媛間の国道192号でトラックなど約130台が立ち往生したというニュースが入ってきた。

今冬初の雪害のニュースが四国からという意外性に驚かされたが、その後も兵庫や北信越、東北なども大雪に見舞われ、四国や北陸では7名の方が亡くなるという痛ましい事故も起きた。

 

こうした季節外れの大雪や雪害が発生するたびに、バカマスコミ各社から“今回の異常な寒波や大雪も、実は温暖化の影響によるもの”という報道がなされる。

 

『雪害=温暖化説』に関連して、昨年1226日付の日刊ゲンダイにとある気象予報士のコメントが載っていたのを思い出す。

その予報士曰く、「ここ3年の寒波は、温暖化が原因なのです。温暖化で北極圏、特に欧州の北の氷が解けています。海面が露出しているところは、氷があるところより相対的に気温が高く、上昇気流を伴って発生する高気圧の脇に低気圧ができやすい。また、温暖化で日本の南側の海水温が平年より高く、偏西風の流れが北側に蛇行している。その2つが重なって、欧州の北の低気圧から吹き出した寒波が、スカンディナビア半島の東あたりから南下してくると、偏西風に乗り、ちょうど日本列島にぶつかるコースをたどるのです。温暖化がなければ、こんなに寒くなりません。」とのこと。

 

気象の詳しいメカニズムに文句をつけるつもりはないが、説明の最後にある“温暖化がなければ、こんなに寒くなりません”という台詞にひっくり返ってしまった。

地球を暖めたら冷たくなっちゃいました、と真顔で語るバカにつける薬はない。

『温暖化ですね。はいはい判りました。でも、結局、寒くなってるんでしょ?』というツッコミはさておき、異常な気象現象を何でも温暖化のせいにする業界のしきたりは、何とかならないものか。

 

彼らの思考や脳みそは、明らかに柔軟性を失っている。

ゲリラ豪雨が増えてるぞ→温暖化のせいです、超大型の台風が襲来した→温暖化のせいです、何十年かぶりの寒波だ→温暖化のせいです…」などなど、何が起きても、言葉を覚えたての九官鳥のように温暖化を連呼するしか能がない。

 

あらゆる事象をたった一つの要因に帰す「single cause思考」が創り出した温暖化万能論には呆れるばかりだが、こういった暴論が罷り通るのは何も気象の世界に限ったことではない。

 

経済の世界においても、「財政再建万能論」や「成長戦略万能論」、「金融緩和万能論」のような暴論・愚論が大手を振って歩いている。

“膨大な国債残高や膨れ上がる一方の社会保障費に不安を抱く国民は、安心してお金を使えない”、“アベノミクスの成果を全国津々浦々に届けるには、成長戦略を着実に実行するべきだ”、“アベノミクスのおかげで株価が上がり、雇用や賃金も大幅に改善している。まさに異次元金融緩和の効果だ”といった類の妄言を新聞や雑誌で見かけない日はない。

 

彼らは、経済成長を是とするか否か、国債の信認を問題視するか否か等といった点で微妙に意見を異にするが、日本経済衰退の要因を過去の過剰な財政政策に押し付けようとする点は共通している。

 

温暖化叩きと同様に、何でも財政政策のせいにすれば済むと思っているようで、“1000兆円を超える国債は野放図な公共事業のせい”、“公共事業のせいでゾンビ企業が淘汰されず市場が歪められている”、“供給制約がある中で公共事業を増やしてもムダ”だと財政政策を目の敵にする。

 

端的に言えば、『国民がカネを使おうとしないのは財政政策のせい、景気が上向いたのは俺が信じる〇〇万能説のおかげ』といったところか。

 

本来、経済とは『経世済民(世を經(おさ)め、民を濟(すく))』の略語であるが、「人間の生活に必要な財貨・サービスを生産・分配・消費する活動(デジタル大辞泉)」、「社会生活を営むための財やサービスを交換するしくみ(金融大学)」という説明の方が一般的かもしれない。

 

だが、「経済」という言葉は、国民生活を豊かにし安寧な世の中を創るという本来の意味から、財やサービスの生産・流通へと変化を遂げてはいるものの、経済活動を円滑化し拡大させるには通貨や貨幣という媒体が不可欠である、という事実に何ら変わりはない。

 

15年とも20年とも言われる長期不況に嵌まり込んだ日本経済は、成長を続ける世界経済から完全に取り残されてしまった。

だが、その間、日本の生産能力やサービスの供給力が衰えたわけではない。

日本経済が世界で唯一成長から見放された理由は極めてシンプルだ。

それは、改革が足りないからではない、あるいは、金融緩和が足りないからでもない。

ただ単に、実体経済で財(モノ)やサービスを流通させ交換するためのマネー(通貨や貨幣)が足りないからに過ぎない。

 

世に溢れ返っている膨大な商品やサービスの買い手が付かないのは、個々の商品の魅力云々の問題ではなく、カネを払うべき買い手の財布が底を尽いているからだろう。

 

気象というとてつもなく大きな存在が相手なら、(温暖化犯人説の真偽はともかく)環境の変化に応じて生活スタイルを変えるしか手が無いかもしれない。

だが、不況に苦しむ我々が相手にすべきは、あくまで人間自身が創り出す経済環境そのものであり、考え方や行動ひとつで変えられるものだ。

いわば、自分自身が相手だと言ってもよい。

 

自分が設けた固定観念や思考の壁を打ち破らぬ限り、鬱陶しい不況は永遠に続く。

 

財政再建万能論・成長戦略万能論・金融緩和万能論のバカ論者の尻馬に乗って、いつまでも財政政策から逃げ回っていると、真の解決策を見失ってしまう。

 

実体経済に直接マネーを投下できる財政政策なくして経済問題の解決などありえない。

 

事前に適切な財政支出の規模を予測することは難しいが、デフレギャップの規模を参考に、少々多目に財政支出を行い、実体経済がそれに反応してインフレ率が上がるのを確認しつつ、それが適正な範囲を超えるようなら金融引き締めや支出規模の縮小などでブレーキを踏んで調整すればよい。

 

現実には、消費増税・緊縮財政・規制緩和構造改革みたいに実体経済に冷や水を浴びせる愚策が目白押しで、少々の火力では、どんどんお湯(実体経済)の温度は下がるばかりだ。

ガス代を惜しんで、恐る恐るとろ火で温めても効果はない。最初から一気に強火で加熱し、景気が沸騰すれば適切な温度になるまで火力を調節(インフレ対策)するというやり方をすべきだ。

 

何はともあれ、着火しないことには何も始まらない。この期に及んでガス代の削減を自慢するようなレベルの低い政治家は、もはや不要だろう。