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うずらのブログ

積極的な財政金融政策による豊かで成長力に満ちた社会を目指します

頼りにならない雨乞い経済学

先週、沖縄県竹富町小浜島25年ぶりとなる雨乞いの儀式が行われ、神司7人が雨乞いの唄を歌い始めると小雨が降り出したというニュースがあった。

日本の東端に近い小さな村のイベントがニュースになったのも、雨乞いをして本当に雨が降ることが極めて珍しい出来事だからだろう。

 

政界では、安倍首相が事前の報道通り衆院解散を宣言し、面倒くさい時期に選挙が行われることになった。

思い返せば、昨秋に消費税を8%に上げるか否かの判断をするに当たり、テレビ朝日のインタビューに対して安倍首相は、(消費税を8%に引き上げた後の10%への引き上げについて)「経済は生き物だ。(8%)上げた場合、その後の推移を見ながら判断しないといけない。世界経済のさまざまなリスクが顕在化するかどうかも重要なポイントだ。そういうものもよく見て判断していかないといけない」と語っていた。

 

その後、紆余曲折を経て、一旦は10%への再増税の先送りを決めたものの、1年半後の再延期はないと啖呵を切ってしまい、“その後の(経済状況の)推移を見て判断する”とか“世界経済のリスクを見定める”というセリフが何の意味もないものであったことを認めてしまった。

 

安倍首相の口から出た『経済は生き物』というセリフは、マーケット関係者とか経営者が偉そうに経済を語るときに自分に箔を付けようとしてよく使う言葉だが、この言葉を用いる理由は、おおよそ次の3パターンに分類される。

①経済と経営を混同している(半径3m以内で起こった出来事とマクロ経済を混同するバカ)

②自分の経済予測に自信がない、あるいは、予測が外れた時の言い訳として

③経済のダイナミズムを大げさに表現することで、マーケットに通暁している風を装うため

 

えてして、“経済は生き物説”の信者はミクロ経済(自分の身の回りで起こった事)にしか興味を持たないから、「日本のような成熟社会はもう成長しない」とか「これからは成長戦略が重要」、「規制緩和構造改革をやり抜き生産性を向上させないと日本は滅ぶ」といった妄言を吐く。

 

この手の視野狭窄に陥った田舎者は、生産性UP=コスト削減だと信じて疑わないから、売上向上という経営の根幹を無視して、ひたすらコスト削減に血まなこになる。

無から有を生み出すよりも、既に有るものを削る作業の方が、遥かに容易だからだ。

そして、その標的になるのが、国内労働者の賃金抑制と仕入れ先や下請けに対する苛烈なコストカットなのだ。

経団連経済同友会の頭のおかしな連中が、様々な政府の諮問会議の場を利用して、自分勝手に工場を海外に移転させておきながら、国際競争力の向上という美名の下に国内労働者の賃金や待遇を奴隷紛いの水準にまで貶めようとしてきたのも記憶に新しい。

 

さて、今回の衆院選挙の争点は、消費税再増税先送りの判断そのものではなく、安倍首相自身が解散後の記者会見で“アベノミクス解散”だと表明したように、アベノミクスの成否ということになる。

 

10兆円規模の補正予算と黒田バズーカ第一弾を打ち出したアベノミクス初期段階の評価はさておき、その後は、小泉バカ政権の構造改革継承路線丸出しの新自由主義政権運営に傾倒し、規制緩和構造改革臭の強い政策ばかりを推し進めてきた。

さらに、自信満々に消費税増税という悪手を放ち、未曽有の経済停滞を招こうとしている。

 

ここに至っては、アベノミクスの真髄は三本の矢にあると信じるオメデタイ者も(周回遅れのリフレ派の連中以外に)そう多くはいないだろう。

アベノミクスの原点は、構造改革規制緩和を軸とする第の矢であり、第の矢と第の矢は、その露払いをするための撒き餌に過ぎない。

 

安倍氏は、同じ会見で、「国民の皆さまの信頼と協力を得て、賛否両論、抵抗も大きいこの成長戦略をしっかりと前に進め、国民生活を豊かにしていく。その決意であります。」と本音を吐露している。

後段の国民生活云々みたいなリップサービス用の定型文はどうでもよく、前段にある抵抗の強い成長戦略をしっかり前に進めることこそが、アベノミクスの真髄だと言ってよい。

 

安倍氏だけではなく、最近の新自由主義的嗜好の強い政治家は、国民の抵抗が強い政策を敢えて行うことに快感を覚える悪い癖がある。

こうしたバカげた行為が罷り通っているのは、彼らの頭が根本的にオカシイこともあるが、不勉強な国民が成長に対する自信を失った挙句に、現実逃避のために自虐的な政策を受け容れやすいことを、その卑しい嗅覚で嗅ぎ取っているからだろう。

 

また、安倍氏は、「本当にあと3年で景気が良くなるのか。それをやり抜くのが、私たちの使命であり、私たちの経済政策であります。」とも述べているが、真に経済成長を実現させる意志などない。

彼らの言う経済政策とは、あくまで、再増税に文句を付けられない程度の最低限の経済環境を整えるための前提条件のことを指しているのであって、国民生活を豊かにしようなどという発想はない。

 

その経済対策の中身を問えば、せいぜい2-3兆円程度の子供の小遣い程度のもので、地域商品券発行などが俎上に上がっている。

しかし、こんなものは、すでに経済産業省の平成27年度概算要求に計上している「ふるさと名物応援券」の焼き直しであり、到底、真面目に検討された内容とは思えない。

増税への批判をかわすために慌てて言い繕ったのだろうが、それにしても、追加予算を出そうというのではなく、既存予算の付け替えで対応しようというみみっちい発想に呆れるばかりだ。

 

一事が万事こんな調子だから、選挙後も、政権や与党の繰り出す経済政策は全く当てにできないだろう。

早くも永田町界隈では、消費再増税先送りによる財源不足で公共事業費の削減論も出ているそうだから、アベノミクスや今後の経済政策は、第の矢のアクセルを如何に強く踏めるか、という点に力点が置かれるだろう。

 

すでに、円安による行き過ぎた輸入コスト高が問題になっていること、再増税先送りにより黒田バズーカ第二弾が肩透かしにあったこともあり、これ以上の金融緩和政策には抵抗感が強い。

このため、選挙後は、くだらぬ構造改革論議や規制緩和法人税引下げ論議が横行することになる。

「国内の労働規制を取り払い、安く使える外国人を引き入れ、好きな場所で好きなだけ商売ができ、税金や資金調達コストも下げたんだから、ちゃんと国際競争力をつけろよなっ!」という政府の汚い鼻息がここまで聞こえてきそうだ。

 

だが、世間知らずの政府や与党の連中の思惑とは別に、国内の中小企業や労働者は、増えない、というより、減り続けるパイを巡って毛な競争を強いられ、ますます疲弊していくだろう。

 

経済が生き物であるなら、当然、生命を維持成長させるだけのエネルギーが必要になるはずだ。熾烈な競争に報いるだけのマネー(借りるカネではなく、所得になるカネ)実体経済に投入しない限り、生産性など上がるはずもない。

 

経済が持つダイナミズムは、空虚な言葉や見返りのない競争からは生まれない。

改革や緩和みたいな実体のない神頼みをいくら続けても、天からは何も降ってこない。

「雨乞い経済学」が通用するほど実体経済はお人好しではない。



(※)

コメントをいただいている皆様、ご愛読いただいている皆様、ありがとうございます。

いよいよ衆院選が始まりますね。

なんとも締まりのない選挙になりそうですが、その過程や結果をバカマスコミがどう報じるのか興味もあります。