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うずらのブログ

積極的な財政金融政策による豊かで成長力に満ちた社会を目指します

まともな経済成長を諦めた国の末路

8月13日のYAHOOニュースにこんな記事が掲載されていた。
『オーストラリアのやよい軒サバ定食が2,500円もする理由』(THE PAGE8月13日(水)15時11分配信)。

記事の内容は、福岡市に本社を置く外食大手のプレナス(Hotto Mottoでお馴染み)が、日本食の人気が高いオーストラリアのシドニーに1号店「YAYOI(日本では「やよい軒」という名称でチェーン展開中)」をオープンしたが、そこで提供されるメニューの価格が高くて驚いたという趣旨のものだ。(ちなみに、日本のやよい軒では「サバ塩焼き定食」は税込590円で提供されている)

記事の中でいくつかのメニューと価格が紹介されていたが、冒頭のサバ塩焼き定食が約2,500円もするのをはじめ、和牛すき焼き定食が約3,200円、前菜4食盛り約1,300円、あさり味噌汁約630円、ご飯約340円と、眼を剥きたくなるような高価格で、いったい現地の人はいくら給料を貰っているのかと驚かされた。

だが、記事によると、オーストラリアの物価水準は日本の2~3倍とも言われ、コンビニのサンドイッチが約390円、コーラ1缶約240円、ラーメン約1,500円、レストランなら低・中価格帯の店でも約1,900~2,900円も掛かるそうで、ちょっとした高級レストランならランチタイムの客単価が1万円近くにもなるらしい。

これには少々思い当たる節がある。
いつもはTVに文句ばかり付けているくせに、筆者も旅番組なんかをダラダラ眺めていることがある。
番組の中でレポーターが現地のレストランに入って食事をするシーンを見ると、その価格の高さにびっくりさせられることがしばしばある。
東南アジアでラーメンが1,500~2,000円もしたり、北欧諸国でちょっとしたランチが3,000円くらいするばかりか、中南米やアフリカみたいな発展途上国でも一皿メニューが平気で1,000円以上するケースをよく目にし、そのたびに、現地の人はこんな高いものを食べさせられて大変だろうなと勝手に訝しんでいた。

また、最近では低品質高価格路線を突っ走り方々から非難を浴びているマクドナルドのメニューを見て、世界的な指標の一つとして使われるビッグマックの高さに呆れていたが、世界にはまだまだ上がいることに気付かされた。
7月時点の価格で比べると、日本が370円(世界57か国中35番目)であるのに対して、フィリピン376円、韓国407円、トルコ449円、オーストラリア489円、ウルグアイ499円、カナダ533円と来て、1位のノルウェーはなんと788円もする(セット料金かっ!)らしい。
もはやファストフードの価格帯とは言えないくらい高くなっているのだ。

確かに、所得格差が極端な諸外国の人々にとって、誰もが気軽に食べられるものではないだろう。
しかし、世界で唯一成長が止まったどこかの国と違って、一部では高いインフレに悩まされるほどの成長を続けてきた諸外国にとって諸物価が上昇するのは当然のことだ。
「給料も安いだろうに、あんな高いものを食わされて気の毒だ。」と上から目線で同情する筆者など、経済成長を続けて生活水準の上がった諸外国の人々から見れば、「給料なんて毎年上がっているよ。当然だろ。それより、金持ちのはずの日本人は、なんで300円くらいの牛丼しか食わないんだ。ずいぶんケチだな。そんなにお金を溜め込んでどうするつもりだ。」とせせら笑われるのが関の山だろう。

件の記事でも、オーストラリアの物価と国民の給与水準の関係に言及している。
現地では、ホワイトカラーのマネージャー職の年収は約970~1,500万円にも達し、法定最低賃金も時給で約1,600円と東京都の倍近くになるそうだ。(たかが10数円の時給を上げるのにギャーギャー騒いでいる日本の経営者に爪の垢を煎じて飲ませたいところだ)
また、別のサイトではオーストラリアの平均年収は700万円近くに上るとの報告もあり、「かつての平均的生活困窮者が、今や上昇指向型オージーになっている。シドニーメルボルンの西郊の平均的世帯は、今や自動車2台、携帯電話4台、休暇はバリで、衣料はブランド物、たまにはレストランで食事というのが当たり前だと考えるようになっている。」と指摘する研究者もいる。(AUD/円の為替レートは2000~2002年にかけて62円~68円くらいの円高であったが、その他の期間はおおむね80~94円くらいの円安傾向で推移)

日本では消費税引上げを強行した橋本行革元年の1997年度に467万円であったサラリーマンの平均年収が、2012年度には408万円にまで落ち込んでいる(統計元:国税庁 平成24年民間給与実態統計調査結果)ことを思えば、年々豊かになっていくオーストラリア国民の暮らしぶりを羨ましく思うばかりだ。

こう見ると、オーストラリアは、さぞや凄まじい経済成長を遂げているのではないかと想像してしまうが、90年代半ばから後半にかけてこそ4%台の成長率を維持していたが、その後は2~3%台をチョロチョロする程度で、2013年の実質GDP成長率は2.43%(これでも世界で115位にすぎないそうだ)に止まっている。ちなみに、1993~2013年までの20年間でオーストラリアの消費者物価水準は1.7倍になったが、トータルのインフレ率に均すと年平均で2.7%程度に収まっている。
つまり、資源大国たるオーストラリアが他を圧倒するような奇跡の経済成長を遂げたわけではなく、単に他国並み(成長率としてはむしろ平均以下)に成長してきただけなのだ。
その程度の国を見て、羨むことしかできない日本の停滞ぶりにこそ、我々が克服すべき課題が凝縮されている。

オーストラリアみたいな人口がせいぜい2,000万人程度で、農業や観光以外にこれといった産業もない国でも経済成長しているぞ、なんで日本はまともに成長できないんだと叫んだところで、オーストラリアは世界有数の資源国だから成長できたんだと間抜けな答えが返ってくるだけだろう。

だが、本来、資源(コモディティ)のような付加価値の低い品目は、国際相場の動向に大きく左右されやすい脆弱な商品ともいえ、相場を高値に誘導する資源カルテルみたいな卑怯な手法で支えなければ成立しえない産業構造でもある。

そもそも、構造改革主義者がバカの一つ覚えのように唱える「日本はものづくり大国」という経文が真実ならば、付加価値の低い資源を加工して高付加価値製品として世界中に売りさばいてきた日本こそ、高度な経済成長を遂げていなければならなかったはずだ。
だが、現実は見てのとおりの惨状である。

筆者がデフレを実感したきっかけは、幼いころ高いと思っていたおもちゃ類の価格が、いまでもほとんど変わっていないことに気付いたことだ。小学生の頃3,000~5,000円もして、自分の小遣いではとても高くて買えないと諦めていたが、子供に付き合ってスーパーの玩具コーナーに行った折りに、当時と同じようなおもちゃが昔と同じ価格のまま売っていたのを見て、最初こそ、なんて安いんだと感心すらしたが、すぐに、30年も経ってなぜ同じ価格で売っているんだ、これじゃメーカーも儲からないだろうと訝しんだことが、デフレを実感したきっかけである。

昨今の円安や農産物・資源価格の高騰により、つい最近まで鶏卵のような物価の優等生で溢れ返っていた国内の商品にも少しずつ変化が表れている。
だが、現在の消費者物価の上昇は、明らかに消費税増税や原料価格の高騰による悪いコストプッシュ型のインフレに分類されるものであり、オーストラリアのような所得水準の上昇による自然な物価上昇とは異なるものだ。
ただでさえ、長期的な所得減少に打ちひしがれてきた国民にとって、このタイミングでデフレから悪いインフレへのバトンリレーをやられてはたまったものではない。

先日、内閣府は、今年の4-6月期の実質GDPの速報値を年換算で▲6.8%と発表し、消費税増税の悪影響が相当深刻であることが裏打ちされたが、肝心の安倍首相や甘利再生相のコメントからは、そういった危機感は全く感じられず、あくまで10%への再増税を既定路線とした言い訳じみたコメントに終始する有様だ。

世界に名を馳せたアベノミクスの主人公がこんな体たらくでは、遠からず日本は再びデフレの長いトンネルに突入し、ますますオーストラリア国民と日本国民との生活レベルの差が開いていくだろう。

その昔は、日本でリタイアした年金生活者の移住先として人気のあったオーストラリアだが、あと10年もすれば、日本は、オーストラリア人どころか、フィリピン人やインドネシア人当たりの年金生活者の移住先と成り下がってしまうかもしれない。