うずらのブログ

積極的な財政金融政策による豊かで成長力に満ちた社会を目指します

マクロ経済は現実そのもの

今夏は冷夏になるという春先の長期予報に反して、今年も暑い夏が到来した。
外を歩けば汗だらけになる酷暑の中で、涼を求めて身近にあるコンビニに駆け込む方も多いだろう。

コンビニといえば、ここ最近、カウンター商材の一つであるコーヒーと各社がPBで力を入れるスイーツ類の売上が好調だ。

多彩な淹れ立てコーヒーを手軽に楽しめるコーヒーは、業界最大手のセブンイレブンが昨年から本格的に展開し、他のコンビニチェーンにも一気に浸透した。
コンビニコーヒーの導入店舗は、大手5社で約4万3千店舗と9割近くに達し、1日当たり40~100杯販売されている。

今年の大手5社の販売計画は合計13億杯と前年の2倍近くに拡大する見込みで、1杯180円ほどの価格として約2千3百億円の売上になる。
この影響で、アイスコーヒー用の氷の供給が間に合わず、製氷事業者が慌てて設備増強に走るなど思わぬ波及効果も表れている。(ブームが去った後の遊休化が心配ではあるが…)

また、ロールケーキやプリンなどの洋菓子や和菓子といった「コンビニスイーツ」もTVや雑誌で盛んに採り上げられ大きな話題をさらった。
こちらも、昨年の業界全体の売上が1千8百億円に達したとの報告があり、さぞやコンビニ業界の鼻息も荒いのではと思ったが、関連データを見るとそうでもないらしい。

日本フランチャイズチェーン協会から7月22日に発表された今年6月分のデータ(JFA正会員コンビニ10社分)によると、店舗数が約5万店と前年同月比5.3%増加したことにより、店舗売上高と来店客数は全店ベースでは、それぞれ、+2.6%、+3.5%とプラスを維持したが、既存店ベースでは、店舗売上高▲1.9%(前年同月比(以下同じ)、3ヶ月連続のマイナス)、来店客数▲0.9%(4ヶ月連続のマイナス)、平均客単価▲1.0%(3ヶ月連続のマイナス)と惨憺たる状況だ。
平均客単価に至っては全店ベースでも▲0.9%と3ヶ月連続のマイナスと出口の見えな
い状況に陥っている。どうやら、日経新聞が言うほど国民の財布の中にまでアベノミクス効果が及んでいないということらしい。

今年6月の平均客単価(既存店ベース)は586円と前年同月比▲1.0%に止まり、比較的低単価なコーヒーやスイーツ類の売上が他の売上分を喰った形になった、つまり、ヒット商品がコンビニ全体の売上を牽引するのではなく、他の商品の購買力を奪う、いわば同一店舗内の「代替消費」を発生させ、店舗全体の客単価引下げというマイナス効果をもたらしたということだろう。
あるいは、最大限擁護するとしても、たばこや雑誌、サービス(コピー・FAX・チケット販売等)部門の落ち込みを少々カバーしたに過ぎないという程度のことだ。
(※全店ベースの商品構成比・売上高前年同月比は次のとおり。「日配食品(スイーツ含む)」構成比36.5%/売上高+8.1%、「加工食品(コーヒー含む)」構成比27.0%/売上高+1.7%、「非食品(雑誌・たばこ含む)」構成比31.2%/売上高▲1.6%、「サービス(コピー等含む)」構成比5.3%/売上高▲2.8%)

圧倒的な販売拠点を持ち、莫大な資本力を背景に溢れんばかりの広告を打てるコンビニ業界ですらこの体たらくだ。
一部の商品やサービスのヒットで、企業全体の業績を牽引させるのはまことに難しい。

「デフレでも頑張っている企業はある」「不況下でも売れている商品やサービスもある」と説教面でご高説をタレる世間知らずのミクロ万能主義者は、身の回りで起こった細々とした出来事をつなぎ合わせて世の中全体の動きを説明しようとする。
だが、彼らが得意顔で語る成功物語の裏で、同量、あるいは、それを上回る量の失敗談が生み出され、経済全体の停滞を招いている。

一国の経済を前進させる、つまり、名目GDPを成長させるには、本来、そういった失敗談をカバーして余りあるだけの成功物語が必要になるが、ミクロ経済というおとぎの国の成功物語にしか興味を持たない愚か者は、他所で発生する数々の失敗談から目を背けようとする。敗者に対する彼らの対処法は極めてシンプルで、「努力が足りない」の一言を浴びせるだけだ。
だが、中学生並みの社会経験しか持たない世間知らずには、そういった敗者への冷酷な仕打ちがマクロ経済の体力を奪うことを理解できないようだ。
「ミクロ経済には外部性があるが、マクロ経済政策にはそれがない」という経済の大原則を無視したまま、個々の成功例が、あたかも自分の手柄であるかのように得意顔で語るバカ者(日経新聞の愛読者)につける薬はない。得点シーンのみに満足して熱く試合を語れる能天気さを羨ましく思うばかりだ。

日本のように供給力が高度に発達した国において、短期的に経済成長の原動力となるのは、供給力よりも需要力の方だ。過去に蓄積された分厚い技術基盤や人的能力により、少々の需要増加には(多少のタイムラグはあれど)即座に対応できるだけの供給力を備えている。
逆に、いくら高度な製造能力を誇る設備であっても、需要がなく稼働しなければ、ただの粗大ゴミだ。

では、需要の源泉となるものは何か。それは、国民や企業の所得である。
人々が欲しいものを購入するには所得が必要であり、国内に400万社もある企業が必死に知恵を絞って商売をするのも商品やサービス供給の対価として所得を得たいがためだろう。所得こそ需要の源泉であり、全ての経済活動の源である。

モノを買うにはカネが要る、つまり、消費は所得の内数であり、所得が伸びない限り消費も伸びることはない。
リフレ派の連中を中心に、金融機関の貸出(融資)を伸ばせば景気が回復するという戯言を主張する者もいるが、融資とて、その返済原資は借入主体の所得(将来の所得)を担保とするものであり、所得の伸び、あるいは、将来的な所得増加期待、それも確度の高い期待が必要になるのは同じことだ。

我が国のように高度な供給力を有する国においては、需要こそが経済を牽引する重要なファクターであり、その需要の多寡を決めるのが所得である。
その所得を数値化しあらゆる経済活動の基点となるのが貨幣であり、貨幣を継続的に実体経済へ供給できるのは政府しかいない。
民需と海外需要だけで限られたパイの中でセロサムゲームを演じるような不毛な争いを中和するのは、政府の経済政策に課せられた重要な役割である。

個々のミクロ主体の経済活動の総和がマクロ経済を構成することに疑いはない。しかし、成功した一部のミクロ事例を取り上げてマクロ経済の動向を判断しようとすると、大きな誤りを犯すものだ。
ごく一握りの企業や個人が輝かしい成功を収めても、巨大なマクロ経済に及ぼす影響は蚊ほどもない。
日本のGDPは、老いたりとはいえ500兆円にもなる。これだけ巨大なGDPを維持したうえで、敗者による減額分をカバーし、さらに成長させるつもりなら、テレビ東京の経済番組で紹介されるような些細な好事例なんかでは到底足りない。
構造改革主義者が蔑むようなゾンビ企業を含めて、あらゆる企業や個人の所得が伸びなければ、巨大なGDPを成長させることなど不可能だ。

マクロ経済の動向こそが現実社会を左右することに気付かずに、「ゾンビ企業の存在が成長企業の足を引っ張っている」といったみみっちい戯言を吐いているようでは、マクロ経済政策に意見する資格はない。