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うずらのブログ

積極的な財政金融政策による豊かで成長力に満ちた社会を目指します

ミクロはマクロに敵しえない

4月の消費税増税後の景気動向は予断を許さない状況のようだ。

新聞報道(特に日経新聞)を中心に、増税前の駆け込み需要とその反動減は想定の範囲内だという論調が大勢を占めていたが、下記のように56月の様々な景気指標の結果がもたらされ、それらが悉く悪い結果に終わったこともあり、「想定内」という強がりが通用しづらい雰囲気が漂っている。

6月鉱工業生産(速報) △3.3%(予想値△1.2%)

5月新設住宅着工戸数 △15%(前年同月比)

6失業率3.7%(予想値3.5%)

6月全世帯家計調査・消費支出 3%(前年同月比)

6月小売業販売額△0.6%(前年同月比)

6月大型小売店販売額(既存店)1.8%(予想値△1.7%)

一方で、有効求人倍率6月、1.1倍)やCPI6月、+3.3%)、景気一致指数(5月、111.3)など景気の底打ちを示すような値もある。(細かいツッコミは置いておくとして…)

確かに、街を歩けば昨年の同時期よりも出歩く人の数が多く、飲食店や装飾品等のショップも賑わっている様子だし、建設業者や運送業者、機械設備業者などに話を聞くと、都市部から離れた地域でも、受注状況は好調だが人手不足や燃料コストアップで困っているという答えが返ってくる。

量的には全く不満に思っていた第二の矢だが、それでも景気回復に大きな役割を果たしてきたことは間違いないようだ。

かえすがえすも、安倍政権は、増税という愚かな決断をせず第一の矢と第二の矢を打ち続けることに専念すべきだった。増税を回避しておれば、上記に記した景気指標は何れもプラスに転じ、支持率の低迷に悩まされることもなかっただろう。(筆者も、構造改革派の狗と化したリフレ派に罵詈雑言を浴びせるようなマネをする必要もなかったろう)

今後の景気見通しについて、筆者は次のように考えている。

・安倍政権は再増税を前提に軽減税率の導入を具体的に検討しており、完全に10%への再引き上げを既定路線としている。

・政府は、骨太の方針財政支出にキャップを嵌めることを宣言し、来年度予算でも裁量的経費支出の削減を早々に決めた。これにより実体経済への資金供給源はタイトになっており、内需の伸びに期待はできない。

・行き過ぎた円安による輸入コストアップを警戒して、政府も日銀も追加の金融緩和に慎重になっており、予想を下回る小出しの緩和策しか期待できない。

・賃金引き上げによる名目所得増加効果は一部の勤労者層に止まり、多くの国民は物価高騰と再増税への警戒感から「インフレ期待」よりも「スタグフレーション予想」が先行し、支出抑制に走る内需の縮小を招いて7月以降も景気指標の悪化が続き、「想定外」の景気後退期へ突入する。

だが、中には、安倍政権に絶対的な信頼を寄せて強気な見方をする者もいる。

この手の“勇者”は、「ガイアの夜明けカンブリア宮殿、未来世紀ジパング、マネーの羅針盤WBS」みたいな成功者や成功事例を称賛する自己満足TVを好む。

ワールドワイドに事業を展開する経営者や逆転の発想で業界の常識を変えた(らしい)成功者の凛々しい姿を見て感動し、日本の企業や日本人もまだまだ捨てたものじゃないという自信をつけ、明日への活力でも勝手に湧き立てているようだ。

そして、デフレでも工夫や努力次第で成功できる、不況のせいにしたり弱音を吐いたりするのは怠け者や無能の証という結論になり、なぜか、いまの若者はだらしないと愚痴をこぼし始めるのが関の山だ。

だが、こういう幼稚な連中は、社会のいたるところに存在するものだ。

ミクロの成功事例をマクロに敷衍しようとする手法は、高級官僚やインテリ層の得意技だ。限られた予算で最大限の事業効果を狙う彼らは、成長分野や産業にピンポイントで予算を集中投下して成功事例を創出し、それを横展開してフォロワーの出現を期待するというやり方に固執する。

だが、実際には、無理やり創作した成功事例を編集して金融機関や商工団体などに配布して終了するのが現実だ。(配布された資料は帯が巻かれたまま一定期間書庫で眠り続けた後にゴミとして処分される)

実際には、成功事例を横展開するどころか、それを真似しようとする者など殆どいない。

成功者やそのエッセンスを真似しようとしても、同じような結果を出すのは容易なことではなく、多くの経営者はそれを直感的に掴み取っており、しょせん他人の真似をしても無駄だと判断している。

実際に経営者に聞いてみても、他人の成功事例よりも失敗事例の方がはるかに参考になるというし、それを聞きたがるものだ。

成功に至るには、努力と運と金が欠かせない。だが、事業のタイミングや周囲の協力、経営資源、マーケット環境など個々の企業により置かれた環境は千差万別で、誰かの後追いをしてもその結果は一律とは成り得ない。事業スタイルがフォーマット化されたFC事業が必ずしも成功しないことからもそれが判るだろう。

そもそも、成功者が成功者たり得るには、他者からの富の移転が必要だ。成功の度合いが大きいほど、その裏には他者から莫大な富の移転があったはずだ。

ミクロ経営論の盲信者は成功者の姿に憧れ称賛するが、彼の成功を支える元になった消費者や需要家の存在には無関心である。

テレビ東京の幼稚なビジネス番組のファンは、いわば、得点シーンしか見ていない野球ファンのようなものだ。四番打者の活躍で5点取っても、相手に10点取られると試合は負けなのだが、相手の攻撃(味方の失点シーン)には一切関心を示さないため、試合が負けていることに気づかない。

「あのホームランは凄かった」、「うちのクリーンナップは最強だ」と都合のよいシーンばかりを取り上げてチーム全体の戦略を放り投げているから、いつの間にかチームが逆転されていることに気づかない。

成功者しか見ようとしない(見たくない)幼稚な連中は、ミクロ単位の成功事例の累積がマクロ経済を発展させると信じて疑わない。

敗者が努力や工夫を重ねて勝者となり、それが増えさえすれば上手くいくと単純に考えているが、勝者が生まれるメカニズムを理解できていない。

 

勝者が生まれるには必ず敗者の存在が必要で、一人の勝者の後ろには大勢の敗者が横たわっている。ミクロの成功事例をいくら積み上げても、その背後で生じる負のパワーを制御するのは困難で、勝者と敗者の関係がもたらす正負のバランスを総合的に調整する役割をミクロ経済主体に負わせるのは愚かな選択と言える。

経済全体を俯瞰して敗者をできるだけ少なく抑えるには、政府が主導してマクロ経済そのものを良い状態に保つ必要がある。なぜなら、マクロ経済こそが現実そのものだからだ。

マクロ経済は、いわば、地球を覆う大気や環境のようなものであり、そのバランスが崩れた状態では個々の生物が生き永らえることは難しい。

マクロ経済の舵を握るのは、まさに第一の矢と第二の矢の役割であり、成長戦略とか骨太の方針、第三の矢みたいな空虚な呪文の出る幕ではない。