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うずらのブログ

積極的な財政金融政策による豊かで成長力に満ちた社会を目指します

問題の核心から逃げ回る輩たち

少し前のことになるが、筆者が仕方なく購読している地元の新聞に気になる記事が二つあった。

 

一つ目は、自民党が来年4月の統一地方選挙に向けて、所属の国会議員に党員獲得ノルマを課したという記事だ。

 

同党の党員数は、平成3年のピーク時に約547万人あったものが徐々に減少を続け、現在約70万人にまで減っているそうで、衆参両院の議員に千人ずつの新規党員獲得ノルマを課すことを決めたそうだ。ノルマを達成できなかった場合は、不足人数一人当たり2,000円の罰金を科すもので、仮に500人しか獲得できなかった場合は100万円の罰金が科せられることになる。

さっそく、自民党の総務会では、「そんなことで組織強化に唾がるのか」、「ペナルティーがお金でいいのか」などと反発が相次いだようで、総務会長の野田氏がその後の記者会見で、「罰則ありきではない。どうしたら党員を集めやすいか、みんなで知恵を出して党員を集め、組織をきちっとしたものにするのが本来の目的だ」と釈明に追われる事態になった。

アベノミクスによる(ほんの少々の)景気回復を背景に高い支持率を維持する安倍政権と自民党だが、党員がピーク時の8分の1ほどに落ち込んでいることには少なからず驚かされた。共産党員でさえ25~40万人近くいるとされており、自民党員の激減ぶりは異常だ。これが企業の社員数や売り上げなら確実に倒産している。

 

党員数がここまで減った要因は、参院選比例代表に非拘束名簿式が導入されたことなど選挙制度改革によるものと言われているが、やはり、政官業のトライアングルを支える旧来の利権構造が破壊されたことが大きいだろう。(代わりにパソナや楽天などの新たなシロアリがたかっているようだが…)

一連の政治改革を通じて、政治の権限で自由にカネを配分する機会やルートが途絶されただけでなく、自民党が自ら率先して構造改革新自由主義的な色彩の強い政治路線に舵を切り、財政政策を通じた利権とカネの配分から身を引いてしまった。

 

こういった改革路線を持ち上げるマスコミをはじめとするバカどもに煽てられ、すっかり気を良くした自民党の自称改革派議員の連中は、口を開けば「改革、改革」しか言えない万年野党議員と同レベルの無責任体質が身についてしまったようだ。

彼らは、軽いノリで始めた無責任政治(構造改革)がデフレを長期化させたことを認めようとせず、国民生活や中小企業の経営基盤が大きく破壊されても、バカの一つ覚えのように「改革が足りない」と唱える狂信者と化してしまった。

 

戦後脈々と自民党を支えてきた業界は、そんな彼らの迷走ぶりを呆れて傍観している。

野田総務会長に今回の新規党員獲得運動の秘策を尋ねても、恐らく「有権者や業界を丁寧に回れ」くらいの答えしか返ってこないだろう。

 

かつての自民党が誇った積極的な財政金融政策のような経済的王道を歩むことこそが、党員獲得の第一歩だろうが、相変わらず構造改革臭の強い現政権に、それができるかどうかはなはだ疑問である。ノルマを丸投げされた秘書や業界関係者がとばっちりを喰らうだけで終わることになるだろう。

 

さて、二つ目の記事は、原発停止による電気料金の大幅値上げを受けて、小樽市の電炉メーカーが廃業を余儀なくされたというニュースだ。

 

このメーカーは、市況の低迷により売上高がピークの130億円から50億円ほどに落ち込む中で、製造コストの2~3割を占める電気料金が大幅値上げされ、年間9,000万円ものコストアップになるため事業継続を断念したという内容だ。

北海道電力は、泊原発停止に伴う発電コスト増加の影響から、昨年9月に電気料金を大幅に値上げしたのに続き、その後の円安や燃料価格高騰なども重なり、近々再値上げを予定している。

 

こうした燃料コスト増加の影響は、電炉メーカーのみならず、あらゆる産業に広く及んでいる。各社とも、アベノミクスの恩恵を十分には享受しきれない中で、コストアップが先行し、それらを需要家に転嫁できずに厳しい経営を強いられている。

 

今回の電気料金再値上げや電炉メーカーの廃業のニュースを受けて、北海道知事は、「まずは(北海道電力)経営の合理化、効率化へ努力してほしい」と他人事感まる出しのコメントを発したが、原発停止による発電コストの増加は、北電の経営合理化程度で賄えるレベルを遥かに超えている。北電がちょこまかと社内を合理化したとして、電力料金値上げを避けることなど不可能だ。

マスコミからの攻撃を恐れて、泊原発の再稼働を促す発言を控えているようだが、そんな弱腰では、電気料金値上げによる犠牲者を防ぐことなどできないだろう。

 

先の自民党員獲得の記事を同じことだが、問題の核心から目を逸らし、その周囲を徘徊しているだけでは、決して事態は解決しない。