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うずらのブログ

積極的な財政金融政策による豊かで成長力に満ちた社会を目指します

ハズレくじをめくると、またハズレが…

あいかわらずTVも新聞も、先ごろ告示された東京都知事選挙の話題で持ち切りだ。

だが、その中身は、各立候補者の政策の違いを論評するものではない。バカマスコミの主要な関心は、脱原発」や「原発ゼロ」という主張が、地方首長選挙の論点として相応しいかどうか、に寄せられている。

国政の専権事項ともいえるエネルギー問題へのアンチテーゼとして、あえて原発の存廃問題をブチ上げることで、そのこと自体の是非や賛否を問う声が日増しに高まっている。

日経新聞のアンケート調査結果によると、選挙の論点をワンイシューに絞り込むことについて、「幅広い課題に目配りすべきだ」の78.4%に対して、「一つの政治手法としてあり」は21.6%に過ぎず、また、都知事選の最も重要な争点については、「大震災に対して強い街づくり」が45.5%、「東京五輪への準備体制づくり」が23.1%に対して、「原発の是非」は14.9%でしかない。

こういった傾向は、他社のアンケートでもほぼ同じ結果となっており、すでに決着のついた問題だ。

しかし、今回の都知事選を、何としても反安倍政権(これは半分納得できる)や反原発運動の着火点にしたいと目論むバカマスコミの連中は、脱原発しか能がないロートル政治家コンビへ盛んにエールを送り、放映時間や紙面を大きく割いて、その活動を報じている。

ネジの緩んだ二人の元首相の主張を報じる一方で、それに対する反論も報じ、一見公平性を保っているように見せかけているが、その過程で放映時間や紙面の大半が消費され、他の候補の主張や人柄が詳しく報じられることはない。

何のことはない。マスコミは、反原発脱原発を都知事選の争点にすることの是非を前面に出し、ハデに報じることにより、結果として世論の注目を脱原発というワンイシューに巧みに誘い込んでいるのだ。

彼らは、「原発問題なんて、地方選ではなく国政選挙でこそ論じるべきものだ」という常識的な反論に屈することはない。そういった反論を軽く受け流して、「原発は国家の存立にかかわる問題だ」などとキチガイじみた吐き、再び常識的な人から窘められるというくだらぬループを繰り返す。

マスコミにとっては、それでよいのだ。こういった不毛な論争を繰り返すことで、良くも悪しくも論点や焦点が原発問題にフォーカスされ、本来論じるべき国土強靭化のような優先課題から、都民の関心を逸らすことができるからだ。原発問題の正当性なんてどうでもよい、国土強靭化やオリンピックをネタに財政政策なんかに関心が集まっては大変だから、そこに関心が行かないよう別の話題に有権者の目を逸らして邪魔できればよい、というのが本音だろう。

マスコミの連中は、脱原発を主張する(頭のおかしな)一部の候補の主張ばかりを大きく採り上げ、それでも足りないとばかりに、読者の投書欄でも反原発脱原発の趣旨の投書ばかりを掲載し、そこに民意が集中しているように見せかける。(投書しているのはヒマな老人ばかりだが…)

幸い、各社の電話調査などの結果を見ると、脱原発コンビの支持率は思ったほど伸びていないようだ。しかし、その陰で、その主張がほとんど話題にも上らない自民党の推す新自由主義者候補が支持を伸ばしているのは、大きな問題だ。

かの候補は、自民党を除名された挙句に、自身が立ち上げた泡沫政党とともに命運を共にして政界から消えたかと思っていたが、突然、都知事選の有力候補者として再登板する形となった。

過去の経緯から、自民党内でも公認に賛否の声が上がったようだが、結局、かの人物が候補者に収まった。

過去の都知事選の勝者の顔ぶれを見ると、評判の悪い大阪府知事選と同じレベルの人気投票イベントに終わっており、巷間言われるように、国政に直結するものとまでは到底言えない。

しかし、マスコミ的に話題性の高い都知事選に、傷物レベルの候補しか立てられないようでは、自民党のパワーも落ちたものだと思わざるを得ない。小泉バカ政権以降の自民党は、本当に人材が枯渇してしまったと実感させられる。

かの候補は、政党助成金の不正使用疑惑やプライベートの醜聞が付きまとうだけでなく、外国人参政権の推進者であり、中韓諸国にシンパシーを感じるような典型的な戦後レジームに染まった自称保守政治家のひとりと言えよう。

もっとも、東京のような財政的に何の問題もない自治体の首長なら、平時であれば、これまでのように犬や猫(レベルの人材)がやっても十分務まるだろう。しかし、この先30年という極めて現実的な時間軸の中で、震度6以上の大地震が発生する確率が40~70%と言われるなど、大きな危機や厄災が迫っており、もはや、首都という果実を貪ってのんびりと昼寝している暇などない。

このように緊迫感が高まる状況下で、曖昧な思想やだらしない政局感しか持ちえないような流の政治家に首都の責任者を任せるほど不安なことはない。

昨年の参議院選挙でも、山本太郎のような幼稚園児を当選させてしまった東京都民に、多くを期待することはできないが、せめて常識的な判断を下してもらいたいと注文しておきたい。