うずらのブログ

積極的な財政金融政策による豊かで成長力に満ちた社会を目指します

成長ごっこに興じる暇などない

先の参議院議員選挙は、大方の予想どおり自公政権が過半数を制した。

戦前から自公側の圧倒的な優勢が伝えられていたこと、野党側から与党との対立軸を形成するような政治提案が全くなされなかったことから、選挙自体も盛り上がりに欠け投票率52%と戦後3番目の低さに止まった。

衆参のねじれが解消したこと自体は評価すべきことだが、どさくさにまぎれて三馬鹿トリオ(反原発中核派芸人、ブラックワタミ、伝説の円安トレーダー)を当選させてしまった「民意」とやらの程度の低さに、はらわたが煮えくり返る思いだ。

 

気色悪い宗教政党というお荷物を抱えながらも、安定政権として新たなスタートを切った安倍政権だが、さっそくTPP参加交渉や消費税増税問題という大きな課題に直面している。

これらは、そもそも自ら招いた自業自得ぎみの問題であり、お前たちが勝手に解決しろと突き放したいところだが、いずれも国民経済を破壊しかねない大問題であり傍観するわけにはいかない。

 

TPP交渉に関しては、異常なまでの秘密主義や対象分野が農業以外の広範囲に及ぶこと、ISD条項の弊害などが、ようやくバカマスコミから報じられ始めたが、いずれも23年前から心ある有識者にさんざん指摘されていたことだ。交渉参加した段階でようやく弊害を口にし始めるなど、報道機関として自らの不勉強を恥ずべきだろう。

彼らの口からは、相変わらず農業分野5品目(コメ、麦、牛・豚肉、乳製品、サトウキビ)を死守できるかという視点でしか報じられていないため、TPP=農業問題という誤ったイメージを国民に植え付けてしまっている。

また、新聞やTV報道をボケーっと観ているだけの不勉強な国民も、TPPという厄災を自らに降りかかる問題とは認識しておらず、農業問題の枠内(=他人事)でしか捉えようとしない。

TPPは、アメリカのグローバル(気取りの)企業による国家主権侵害と人件費の安さしか能がない途上国の労働者流入による国内雇用の崩壊という大問題を引き起こす可能性が極めて高く、日本経済のデフレを更に深刻化させるだろう。

 

一方、消費税増税問題は、消費税改正法案附則第18条の適用を巡り、財務大臣や政府高官から増税が既定路線であることを匂わす発言が飛び交っている。

安倍政権の経済政策に全幅の信頼を寄せる者は、政権サイドの脱線気味の開き直り発言に対しても、その一言一句を忖度して、“増税するとは明言してない、首相の発言は一ミリたりともブレていない”とすがるような思いで強弁しているが、既に、消費増税時の価格転嫁を円滑にする特別措置法が成立し、その広報事業が全国的に展開されている。また、財務省のバカどもは、2014年度予算に消費税増税を前提とする二段階査定方式を強要するなど、増税に向けた地均しは着々と進んでいる。

官邸の経済ブレーンから、消費税を一気に8~10%に上げずに毎年1%ずつ上げてはどうかとの提案もあるようだが、税率を上げることに変わりなく何の意味もない。これでは消費税増税の逆アナウンス効果が毎年行われるようなもので、病状がかえって進行してしまうこともあろう。

首相や官房長官の口から、増税への慎重発言が出ることもあるが、消費税増税問題に対して「熟慮」を重ねたというアリバイ作りに過ぎないだろう。

なぜなら、彼らをはじめ大臣や与党議員、政府高官クラスの口から、増税回避や減税を求めるような積極的な発言を聞いたことがないからだ。政権与党側に本気でデフレ脱却への覚悟があれば、この経済環境で増税するなど全くありない選択で、例の3党合意を金科玉条のごとく祭り上げて、国民生活より優先させるべき正当な理由が見つからない以上、増税封印に向けた発言や行動が、もっと積極的に行われるべきではないか。だが、現実は見てのとおりだ。

残念ながら、消費税増税はもはや既定路線で、後は発表に向けた環境整備の段階に入っていると思わざるを得ない。

本日、エコノミスト各社から今年4-6月のGDP(またもや「実質GDP」なのだが…)見通しが発表されたが、いずれも謀ったかのように年率23%大本営発表で、消費税増税を強行したい財務省の思惑どおりに事態は進行中だ。

 

元々、時の政権が、4-6月期の景気情勢を総合的に勘案して、今秋を目途に来春からの増税の可否を判断するという基準自体が考えられないほどユルユルなのだ。

日本経済は15年以上もデフレに苛まれ、世界随一の低成長国という屈辱に甘んじてきた。その間に失われた国富や国民の生命・財産は莫大な規模に達する。他の先進諸国並みに成長していれば、いまごろ我が国の名目GDP1,000兆円近くに達していたはずで、累積的な損失は3,0004,000兆円にもなる。

これほどの経済的厄災に見舞われたにも関わらず、僅か3ヶ月間の経済指標を基に増税を決断する神経そのものが疑われる。

消費税増税のハードルをここまで低く設定できるのは、デフレの恐ろしさや国民の経済的困窮を全く理解できず、デフレ不況を軽く見ている何よりの証拠だろう。

 

過去の逸失利益を少しでも取り戻すためには、高いレベルの経済成長を実現すべく成長のためのアクセルを強めに踏み込まねばならない。アベノミクスの第一の矢と第二の矢は、そのための強力な助っ人として期待されたはずだが、ほんの1-2回打席に立っただけですぐにベンチに引っ込められてしまった。

そして、代わりに出場してきたのが、高給取りの割に三振ばかりしている自称“四番”の成長戦略である。

 

その成長戦略の全貌は、今年6月に日本再生本部が公表した「成長戦略(案)」に収められている。

筆者も、94頁に及ぶ経文に目を通したが、首肯できるのは「個人保証制度の見直し」と「メタンハイドレード海洋資源の商業化」の二点のみだ。中には、「空港・港湾など産業インフラの整備」という尤もらしい提案もあるが、首都圏の利便性向上しか眼中にないもので、日本全体の発展に寄与するレベルの話ではない。

“戦略”の中味は、頭の悪い産業競争力会議の連中が創ったポエムに、世間知らずの経産・財務官僚が文書を肉付けした程度の内容しかないのだが、改めて読み返すと、日本経済を破壊した「骨太の方針」そのものであることにいまさらながら呆れ返る思いだ。

そこには、国土強靭化とか、需要刺激策による経済発展を目指す気持ちなど微塵も感じられない。

成長戦略案の概要は次のようなものだ。

・産業の新陳代謝の加速

・規制・制度改革と官業の開放

・女性の社会進出を促進

・雇用維持型から労働移動支援型への転換

・日本の若者を国際競争の波に晒して鍛え上げる

新興国の成長を取り込むために世界に飛び出す

・日本市場に投資を呼び込むために国内市場に蔓延る制度面の障害を除去する

・成長戦略は財政再建と矛盾するものであってはならない

改めて説明するまでもなく、今回の成長戦略案にちりばめられた“毒素条項”は、小泉バカ政権時代にスタートした構造改革路線を彷彿とさせるものばかりだ。そして、多くの国民は、それらが社会基盤や日本経済だけでなく、自らの生活基盤をも破壊し尽くそうとしていることに気付かされている。周囲から、見苦しい言い訳をする社会的敗者だというレッテルを貼られたくないばかりに、誰もが口に出して言えないだけだ。

 

この戦略案が政策に反映され実行に移されれば、日本経済は間違いなく「失われた40年」を迎えることになろう。

「需要と供給」という経済活動に欠かせない二つの要素を無視して、供給面の視点でしか経済を捉えきれていない今回の提案は、競争激化と供給過多、国民所得の減少によるデフレの深刻化という結果をもたらすだけに終わるのは目に見えている。

需要なき供給力の発展などあり得ないことに、彼らは何時になったら気付けるのか。

 

「政策が効果を表すには時間が掛かる、国民は慌てず政策の行方をじっくり見守るべき」という一部の保守論者の言は、至極真っ当な意見だと言える。それが、通常の経済状態下で放たれた意見であれば…。

20年にもなろうかというデフレ不況の影響で、国民や多くの企業の経済環境は困窮を極めている。特に、地方経済の惨状はもはや一刻の猶予もならぬほど逼迫している。

彼らは、もはや日本経済の未来に希望や期待を失いかけており、じっくり待つとかいった悠長なことなど言っていられないのだ。

アベノミクスが第一・第二の矢をしっかり放ち、真の成長の芽が植え付けられているのなら、歯を食いしばりながらも、肥料をやり水をやり時間を掛けて穂が実るのを待つことができよう。(筆者としては、いつもの公共事業の大幅増額のほか、現在、年間60兆円近くに上る社会保険料(公費負担分を除く)の公費負担のうち、例えば年間2030兆円分の公費負担を増やすといった即効性のある財政政策を提案したい。)

だが、現実には、とても食べられないような毒の実ばかりが植えられている。ひもじい思いを強いられる国民は、どのような気持ちで食べられもしない毒の実の成長を見守ればよいのか。

 

バカマスコミの連中は、円安による食糧や資源価格の悪影響を誇大に採り上げてアベノミクスの足を引っ張ろうと必死になっている。当初はマスコミの悪あがきと見ていた国民も、アベノミクスの経済効果がいつまでも自分の懐に入ってこないと、我慢しきれずに、やがてマスコミの振り撒くデマが真実味を帯びてくることになる。

今は通常の経済環境ではない。“これくらいなら国民も待てるだろう”と高を括っていると病状を悪化させることになる。

将来や未来に対する国民の期待の糸が完全に切れてしまう前に、一刻も早く国民に経済政策の果実を実感させる必要がある。