うずらのブログ

積極的な財政金融政策による豊かで成長力に満ちた社会を目指します

『改革ごっこ』に興じる愚か者

参議院選挙を控えて選挙に係る報道が増えてきた。

 

先般行われた東京都議会選挙では、自公勢力の圧勝と共産党の躍進という結果に終わったが、各地の首長選挙では自公推薦候補の落選が相次ぐなど、まだら模様の様相を呈している。6月に行われた静岡知事選挙に続き、先の横須賀市長選挙でも、強力な地盤を誇る小泉のバカ息子(と気持の悪い公明党)が推す候補者が現職候補に敗れており、地方や地域で自公勢力が苦戦を強いられている。

 

だが、国政選挙ともなれば、やはり大方の予想どおり自公の優位は動くまい。今回の選挙では、野党勢力の弱体化が著しく、景気対策やTPP、消費増税など本来なら大きな争点になるはずのビッグイシューに対して与党と対立軸を打ち立てるだけの力や勢いを持っていないからだ。

民主党みんなの党、維新の会といったカス野党は、TPPや消費増税問題に対するベクトルは与党とほぼ同じ方向を向いており、選挙の争点になり得ない。

せいぜい、アベノミクスは庶民に恩恵をもたらさないとイチャモンをつける程度に終るだろう。

 

三本の矢をひっさげて登場したアベノミクスだが、肝心の第二の矢を除く二本の矢しか放たれていない。しかも、ただでさえ効き目の遅い第一の矢(金融政策)の効果を打ち消すように第三の矢(くだらない規制緩和政策ばかり)を次々と放とうとしており、このままでは今年の秋頃には経済が再び失速しかねない。

まともな財政金融政策を打っても、その効果が経済に広く波及するには2年以上はかかるとの専門家の指摘がある。一方、長引くデフレ不況下で、我が国、特に地方経済の惨状は目に余るものがあり、もはや一刻の猶予もならない状況だ。

瀕死の重傷を負い危篤状態にある地方経済が、火急の危機を何とか耐えしのぶには何が必要か。それは、「経済成長への明確な期待」しかない。あと12年我慢すれば、地方交付税公共事業が増えて経済のサイクルが正の方向に回転し始めるという明確な見通しさえあれば、何とか糊口を凌ぐことができる。

 

だが、政府をはじめ経済財政諮問会議産業競争力会議から出てくる提言や政策の方向性を鑑みると、そういった地方の渇望に応えようとする姿勢は微塵も感じられない。

彼らに口から吐き出されるのは、「薬のネット販売、英語教育の強化、解雇規制の緩和、国内市場の開放、財政再建」などデフレ脱却に何の効果もないばかりか、ますますデフレを促進しかねない逆噴射政策ばかりだ。

しかも、自公合わせて衆議院300以上もの議席を有しながら、肝心の与党サイドからは、政府や民間議員の暴走を制するような提言が全くなされていない。自民党にはTPPや消費税増税に反対する議員も多く居るはずだが、その存在感は共産党以下だ。すっかり政府や民間議員に主導権を握られ、まるで羊のように柔順だ。与党議員は昼寝でもしているのか。

 

ここ最近は、政府サイドからもデフレ脱却より財政再建に配慮する趣旨の発言が目立っており、当面はこれまでの政権と同様に、財政政策を抑制した金融緩和偏重型の経済対策が続くことだろう。

だが、金融政策単体では、有効な経済政策たりえないのは、小泉バカ政権以降の経済パフォーマンスを見れば明らかだ。金融政策は、財政政策の従者として欠かせない重要な政策だが、単体ではその能力を十分に発揮できるものではない。

金融政策は、金利の安定と融資環境の改善に主眼を置いた政策であり、金融機関に対する企業の借入需要がなければ意味をなさない。デフレ経済下において将来的な増収見通しを立てられない企業や家計に対して、いくら融資をセールスしてもまともな先は喰いついてこないだろう。売上や収入が増えるあてもないのに、返済義務(利息付きで)のある借金を増やそうとする者などいない。

資金需要の乏しいデフレ経済下で金融政策に大きな期待を寄せるのは、厳冬期のシベリアで氷を売り歩くようなものだ。

 

金融緩和の効果を存分に発揮させるには、企業や家計に収入増加期待を抱かせるための財政政策が欠かせない。

いまの日本経済に必要なのは、改革や規制緩和のような効き目のない呪文を唱えることではなく、国民経済や実体経済に実物のマネーを広く行き渡らせる大規模な財政政策を基軸とした本物の成長戦略である。

 

だが、現実には、庶民から為政者、有識者のレベルまで“経済成長”の意味を真に理解できている者は非常に少ない。

経済とは、モノやサービスの生産とそれらに対する需要や消費の際限のない繰り返しのことを指す。両者の循環がバランスを保ちつつ量的・質的に拡大を続けることこそが経済成長である。

そして、経済成長を媒介する最も重要な役割を担うのが貨幣であり、それを世に排出できるのは唯一“国家”のみだ。

しかし、財政政策を通じて貨幣を実体経済に供給するという日本経済再生に極めて有効な手立てに対して、バラマキだとか国民を甘やかす禁じ手だとかいう間違った批判が後を絶たない。

世間知らずの政治家や官僚、マスコミ、有識者たちは、きれいごとばかりを並べ立てて、構造改革規制緩和なくして日本の復活なしと本気で信じ込み、その辺の不勉強な庶民の連中は、「いまの世の中は恵まれている。昔はもっと苦労したものだ。このくらいの不況で音を上げるなんて若者は甘えている。」と息巻くが、日本の年間餓死者数は1960年の1,362人と比較して、2011年には2,053人(厚労省資料)にも上るほど社会情勢は深刻なのだ。こういった現実を顧みることなく、自身の思い込みや幼少期の幻想を基に誤った主張を我が物顔で繰り広げるバカ者が社会の大勢を占めるようでは日本経済の夜明けは遠い。

 

『改革ごっこ』に興じて国民経済の再生という大目標を見失う連中は、勉強部屋の掃除にばかり熱を上げて、一向に勉強しようとしないバカ者と同じだ。

勉強をほったらかして机の整理ばかりしていては、肝心の成績が上がるはずがない。