うずらのブログ

積極的な財政金融政策による豊かで成長力に満ちた社会を目指します

念仏やおとぎ話で経済が復活することはない

最近の株価の乱高下に絡めて、アベノミクスの第三の矢(民間投資を喚起する成長戦略)の内容やその成否が大きな話題を呼んでいる

第三の矢といっても、その中身は規制緩和や特区、投資減税といった構造改革史観に捉われた愚策ばかりなのだが、そもそもこの手の成長戦略に有識者や国民が熱中するのは、「日本には莫大な潜在需要が眠っており、これを掘り起こせば経済成長につながる」というおとぎ話が頑なに信じ込まれているからだろう。

 

この「潜在需要」という言葉にも様々な定義がある。

例を挙げると、“消費者の欲求が存在しており所得の裏付けもある需要のこと。潜在需要は顕在需要対する言葉で、なんらかの理由によってまだ現実の需要にならず眠っている需要。(流通用語辞典)”、“購買力の不足や商品情報の欠如などの理由により市場に現れてこない需要。(コトバンク)”といったものがある。

いずれも、需要に対する消費者の欲求がある点や実体経済に需要が顕在化していない点は共通しているものの、消費者の所得の裏付けの有無に関しては見解が分かれている。

前者は、所得の裏付けがあることを前提とした、あるいは、潜在需要の範囲を所得の裏付けのある消費者に限定するような考え方を取っている。一方で後者は、情報のすれ違いとともに所得の裏付けが足りないこと(=購買力の不足)を理由として定義している。

恐らく、この点こそが「潜在需要」の真の姿を理解するうえで重要なポイントになるだろう。

 

規制緩和構造改革が日本を救うという妄言を信仰する者は、民間(企業や家計)は十分な購買力を有しているが、様々な規制や非効率な制度が邪魔をして消費者が満足するような魅力的な商品・サービスが排出されない、という前提で考えている。“日本には個人金融資産が1400兆円もある。このうち3%でも動けば40兆円の消費につながる云々…”という(大前研一が得意な)ホラ話が典型的な例だろう。

「いくら景気が悪いからと言って、財政政策なんてとんでもない。そんなものは時代遅れだ。国民を甘やかすな。どうせたんまり資産を溜め込んでいるんだから、それを使わせろっ!」というのが、彼らの本音だろう。

 

だが、個人金融資産の65.6%は50歳代以上の世代が保有(金融広報中央委員会データより)しており、既に不動産購入などの大型消費を終えた世代に活発な消費を期待することは難しい。また、三菱総研が平成22年に行った高齢者意識調査によると、自宅を改修する予定について団塊世代80歳代のいずれの世代も「当面なし」との回答が8割以上を占め(改修予算の平均値は291万円)、貯蓄を支出に回す予定に関しては「万一の場合以外は使うべきではない」、「臨時の出費がある場合のみ使う」という回答が67割を占めており、いかにも日本人的な節約ぶりは健在である。

一方、2040歳代では、いずれも負債額が金融資産を上回っており([年代;資産/負債、平均値20歳代;248万円/383万円、30歳代;458万円/819万円、40歳代;771万円/1006万円)、借入金を抱える世帯割合も20歳代36.2%、30歳代55.9%、40歳代66.5%に上る。くどくど説明するまでもなく、収入が低位なうえに子育てや教育費、車や不動産の購入が重なる2040歳代に活発な消費を期待するのは物理的に不可能だ。

マスコミの連中は「若者の消費離れ」といった無責任な決めつけ報道を垂れ流しているが、給料は少なく(雇用も不安定)重たいローンを抱えた状態では、消費したくでもできるはずがない。若者が消費に興味を失っているのではなく、単に収入が少ないだけなのだ。

 

規制改革に熱心な連中は、日本人が持つ1400兆円の金融資産を潜在需要の裏付けだと漠然と捉えている。

だが、カネはあっても遣おうとしないケチな高齢層と遣いたくてもカネがない若年層や中年層との間で、資産や負債が極端に偏在しており、役にも立たたない規制緩和構造改革をやったくらいで簡単に経済成長できるほど現実は甘くない。

 

所得の裏付けの有無は別として頑なに財布のひもを緩めようとしない国民が、薬のネット販売や混合医療をやったくらいで、いきなり消費を増やすはずがない。いまやド田舎でもちょっと車を飛ばせばドラックストアくらいはある(北海道の利尻島にだってドラックストアがある)のに、パソコンや携帯電話すら満足に障れない田舎の年寄りが、わざわざパソコンを買い苦労してECサイトを探してネットで薬を買うなんてあり得ない。まして都会に住む者なら、注文してから数日かかるネット販売なんて利用しない。近所にあるドラックストアやスーパーに足を運べばよいだけだ。

「薬がネットで買えるようになったのか、なんて便利なんだ、これを機にアリナミンAからEXにランクアップしよう、ついでにサロンパスでも買っとくか」という変わり者でもいない限り既存の商流との代替消費が生じるのみで何のプラス効果もない。パソコンなんて、薬よりはるか昔からネット販売しているが、その販売台数は減少の一途を辿っている。

薬をネット販売したところで、一部の不心得者に違法ドラック的な使われ方をするのがオチだろう。

楽天のバカ社長のわがままに付き合って、産業競争力会議の場でこれほどレベルの低い議論をしているのかと思うとタチの悪い頭痛がする。(一人でスピードラーニングでもやってろっ!)

 

需要とは消費であり、消費には所得の裏付けが要る。所得をもたらすには経済成長が欠かせないが、成長には実体経済に投じられる資金量を増やす必要があり、それを継続的になしえる唯一の存在は国家=政府のみだ。

長引くデフレ下で凍りついた民間活力を爆発させるには、財政政策による政府の積極的な資金供給を起爆剤とするしかない。“民間活力の爆発”なんて、口ではいくらでも言えるが、率先して消費を増やそうとする者は企業にも家計にも見当たらない。成長戦略を唱える構造改革教の信者たちも、他の誰かが消費するのを待つばかりで、自らが先鞭をつけて範を垂れる気などさらさらない。

 

そもそも、彼らが民間活力=生産・供給(≠消費・需要)だと勘違いしたままで政策論議をしているのが間違いなのだ。

日本には莫大な潜在需要があるが、魅力的な商品がないから誰も物を買おうとしない、革新的な商品を世に生み出すには競争と規制緩和しかない、という勘違いの無限ループから脱しない限り日本経済の復活はあり得ない。彼らが大好きなアップル社が魅力的な商品を発売したところで、デフレ下で所得や購買力のパイが増えない以上、代替消費が生じて他の商品が割を食うだけだ。


答えの出ない(出しようのない)問題を前に悶々と悩んでいても何も解決しない。

第二の矢である財政政策を大規模かつ長期間にわたり積極的に実行することでしか潜在需要を顕在化させることはできない。