うずらのブログ

積極的な財政金融政策による豊かで成長力に満ちた社会を目指します

日本にしか居場所のない自称グローバリストたち

政府の日本経済再生本部の下に、民間投資を喚起する成長戦略の具現化と推進を図るための機関として「産業競争力会議」が設置されている。

以前のエントリーでも触れたとおり、産業競争力会議は、功成り名を遂げた(と自負する)新自由主義者構造改革主義者の巣窟である。

彼らは、自分ではできもしないし、やりもしないのに、“改革、イノベーション、貿易立国、産業投資立国、グローバル、外国人、戦略、規制緩和、競争”といった安っぽい言葉を連発する。

おまけに、「規制緩和で農業・医療・エネルギー産業を成長分野に」、「アジアの内需を取り込め」、「グローバル競争だ、中小企業や農業(ついでに若者も)は海外へ打って出ろ」、「産業の新陳代謝を促進しろ」と勇ましいスローガンを並べ立て、日経新聞を使った布教活動に余念がない。この手の新自由主義まるだしのスローガンは、日本をデフレに陥れた構造改革教の経文そのもので、もはや周回遅れも甚だしいのだが、世の経営者やサラリーマンの大半は、いまだにこんな古臭い経文に囚われ、日本悲観論にどっぷりと嵌まり込んでいる。

 

これまで、産業競争力会議3回開催(1回当たり1-1.5時間くらい)され、内閣府HPで議事録も公開されている。

議事録に目を通すと、競争とかイノベーション、戦略などといった薄っぺらい言葉が随所にちりばめられ、細部に目を通さずとも彼らの言いことなどすぐに判る。

有り体にいえば、「俺たちが羽を伸ばせるように規制や規則を取り払え、労働コストや税金も安くしろ、そのために国や国民(労働者)が犠牲になろうと知ったことかっ!」といった程度のもので、こんなたわごとを仰々しく世に公言するために、わざわざ雁首を並べる必要などない。

議事録を読み進めるにつれて目眩が酷くなるばかりで、彼らの口から吐き出された主張の中で頷けるのは、せいぜい原発の再稼働くらいだ。

 

会議に参加する民間議員の中でとりわけレベルが低いのは、“TPP参加はマスト”と主張するネット企業の経営者だ。

彼は、「スティーブ・ジョブスカルロス・ゴーンを見習い優秀な経営者を生み出せ」、「欧米型のコーポレートガバナンスを導入しろ」、「規制改革がとにかく重要」、「法人税を欧米並みに下げろ」、「英語教育を強化しろ」などとグダグダと持論を展開しているようだが、いずれも十年前の日経ビジネス週刊ダイヤモンド等の三流雑誌で書き散らかされた記事の内容そのもので、まるで成長の跡が見受けられない。

いまだに、欧米型のガバナンスとか、規制緩和で世の中が良くなるなんて本気で信じているのだろうか。

 

既にアップルはスマートフォンタブレット端末市場でアンドロイド勢にシェアを奪われ、ゴーンが立て直したとされる日産も長らくヒット車に恵まれず、コストカット頼みの経営を余儀なくされている。

欧米流のコーポレートガバナンスカンパニー制度や事業採算制度)を導入した企業では、部署間・事業間の連携の希薄化を招き、商品開発力や収益力を大きく低下させた例も多い。

また、投資家に対する四半期ごとの決算や経営戦略の説明など、収益に直結しない事務管理作業に人的リソースを割かれ、成長戦略の実行が後回しにされている。

法人税に至っては、ピーク時の43.3%から25.5%(基本税率、財務省資料)にまで引き下げられているのに、更なる引き下げを要求するという強欲ぶりだ。しかも、法人税収は平成元年のピーク時に19兆円あったものが、平成23年には7.8兆円と6割近く減少している。7.8兆円という額は、平成22年の国内法人の営業収入額1,353兆円と比較して、たったの0.57%に過ぎないのだが、これでさえ負担が重すぎるというのか。

英語教育の強化とか英語の社内公用語化といった類の話には、コメントする気すら起きない。法人税云々と同じく、日本に満足できないのなら、法人税が極端に安い国や英語を話せる人材が豊富にいる国に自分の会社を移せばよいだけの話だ。

無理をして不便な日本にしがみつく必要などないはずだ。税金が高過ぎるとか、日本人の英語力が低すぎるとグチる暇があれば、自らが率先して大好きなグローバル展開をやってみろ、と言いたい。

 

また、件の民間議員(原発の再稼働に反対する変わり者)は、“イノベーションベンチャーから起こってくる”、“日本は、なかなか廃業する者がいないから開業率が上がらない、開業率も廃業率も10%を目指すべき”、“外国人技術者を積極的に輸入しろ”と主張し、別の民間議員からも“日本をアジアで最も起業しやすい国にする”ための特区を設けるべきとの提案があった。

現状、日本国内の開廃業率は4-5%だが、これをアメリカ並みに10%にしたいということだろう。

日本の開業率が低いという指摘は以前からあった。しかし、高度成長期を経た1969~1972年代のピーク時でも開業率は7%総務省資料)に過ぎず、10%などという水準は現実的ではない。開業率の上昇は、市場に参入するプレーヤーの増加やそれに伴う競争の激化を意味するもので、デフレに悩む日本経済にとって迷惑でしかない。

開業率が低調なのは、いまに始まったことではないし、そもそもデフレ経済下で商機の少ない時期にわざわざ開業するバカが少ないのは当たり前のことだ。どうしても開業率を上げたければ、デフレを脱却して経済成長させるしか手はない。

いまだに日本は規制があって起業しにくいと思っている素人がいるようだが、世間知らずもいい加減にしろと言いたい。平成15年に施行された中小企業挑戦支援法により、既に資本金1円で起業できる仕組みになっており、起業後の資金調達や事業化が上手くいくかは別として、起業するだけなら、その辺のオバサンでもできる。

これ以上起業しやすい国がアジアにあるのだろうか。

 

開業率云々はともかく、廃業する者を増やそうという主張に至っては、頭のおかしなバカだとしか言いようがない。

彼らは、廃業という言葉の裏にある倒産とか失業という厳しい現実を理解していない。

ひとたび勤務先が倒産すれば一寸先は闇だ。毎日何気なく読んでいた新聞記事や通勤電車で一緒になる乗客が突然遠い存在になり、自分が社会から隔絶され周囲に取り残されたような絶望感を味わうことになる。就職活動が始まると、これまでのキャリアなどまるで通じないことを痛感させられる。取引先との折衝や調整、輝かしい業務功績、社内政治に翻弄された苦労話など数十年間のサラリーマン生活で築き上げた物語を一枚の履歴書に表現する難しさに直面し、圧迫面接で自分のキャリアを否定され、徐々に自信や自負心を崩壊させられるのだ。新聞記事に載る数々のリストラ話の裏には、こんなものでは済まないような過酷な現実が横たわっていることに思いをはせてもらいたい。

 

新自由主義者構造改革教の信者たちのバカさ加減は本当に度し難いが、社会のあちこちに寄生する彼らは、しぶとく日本の中枢にしがみつき、既得権益を手放そうとしない。

威勢がいいわりに肝の小さい彼らは、日本や日本人の文句を言いながら、一向に日本から脱出しようとしない。日本では大威張りできても、一歩国外に出てしまえば、自分の名声は通用しないし自慢話を素直に聴いてくれる者もいないのだ。

この程度の小心者が、社会的地位の高さを笠に着て、構造改革だ、TPPだと日本をミスリードしようとするから油断ならない。

公の会議を利用して、くだらぬ開国論をぶつのではなく、衰退するはずの日本を脱出し、グローバル企業として世界に名を馳せ持論の正しさを証明して見せろと言っておく。