うずらのブログ

積極的な財政金融政策による豊かで成長力に満ちた社会を目指します

新自由主義者が説く『減富論』

安倍政権がデフレ脱却に向けて取り組む経済政策は、「機動的な財政政策」、「大胆な金融政策」、「民間投資を喚起する成長戦略」の3本の矢で構成されていることは、すでに広く報じられている。

筆者は、前の2本は欠かせないが、最後の1本はどうでもよい、と思っている。

正確に言えば、前の2本を実体経済に向けて十分に放てば、自ずと民間投資が喚起されると考えている。

「成長戦略」などと仰々しく銘打てば、その分だけ雑音が大きくなるだけだろう。

そのことは、内閣府の下に設置されている「産業競争力会議(日本経済再生本部の下部組織)」の民間議員の顔ぶれや、その時代遅れな構想を読めば良く判る。

 

民間議員のメンバーは、デフレの元凶である竹中をはじめ、錚々たる大手企業の経営トップの顔が並ぶが、いずれも、いまだにサプライド幻想から抜け出そうとしない“井の中の蛙”だらけだ。ポンコツ新自由主義者の見本市と言ってもよい。

 

民間議員から事務局へ提出された資料に目を通すと、20年以上前から変わることのない新自由主義者構造改革主義者たちの念仏や経文を見ているようだ。

そこにあるのは、「イノベーション、IT、TPP参加、アジアの内需法人税引き下げ、雇用規制の緩和、貿易立国、英語教育の強化、製造業の6重苦、農業規制の緩和」など、日経ビジネスやプレジデントを開けばすぐに目に飛び込んできそうな虚語ばかりが並んでいる。

 

ある議員は、国内農業の現状を、“補助金頼みで低収益”だと断罪し、“経営の導入と規制緩和”により高収益で自立した農業に変革できると論じ、参入規制の緩和や6次産業化ファンドの活用を訴えている。

また、別の議員は、海外から優秀な経営者を招き入れれば、アップルや日産のように企業価値を大幅に向上させることができる、収益力の高い個人が気持ちよくお金を使える仕組みが必要だと論じている。

さらに、別の議員からは、“まずは勝ち組もしくは近い将来勝ち組になるポテンシャルを持つ既存分野に重点投資にすべき。但し、弱者救済し、強者を蝕むゾンビ企業の創出にならないように注意”せよという誠に身勝手な提案が堂々となされている。

 

筆者は日本の農業の閉鎖性を擁護するつもりはない。金融商社と化した農協や田舎くさい農業者団体の連中と付き合いたいとも思わない。しかし、現実には、消費者の安心・安全(ゲスな言葉だが…)志向はますます勢いを増し、いまやスーパーの野菜売り場はいずこも国産野菜に席巻されている。

実際に、国産野菜の品質や味のレベルは外国産のものを凌駕しており、だからこそ、多くの消費者に受け入れられている。

兼業割合が多い日本の農業者は、片手間で農業をやっているように思われているが、現実の農業の現場では、土壌や種子、施肥、作付けから管理・収穫・保管に至るまで常に改善と改良の繰り返しである。その長年の経験や苦労の中から得られたノウハウやデータを蓄積し、次代に活かす知恵が農業者に根付いているのが、日本の農業の最大の強みなのだ。いまや、農業は科学だと言ってもよい。

工場の中である程度機械任せで規格品を量産できる製造業とは違い、農業は自然や気候という不確定要素満載のフィールドで一定の成果を義務付けられるため、製造業とは比べものにならない改善作業が日々行われている。だからこそ、台風が来襲し暴風が吹き荒れる中で、危険を冒して田んぼの様子を見に行く人が後を絶たないのだ。

また、一時は大きかった外国産との価格差も随分小さくなり、一部の野菜を除けば毎日購入するのに支障がないほど安価になっている。

農業の現場を知らずに、農業=時代遅れ、という濁ったフィルターで農業を誤解しているうちは、たとえ農業の法人参入が認められても大きな火傷を負って逃げ出す羽目になるだろう。

気候の変化に業績が大きく左右される中で、農協のような安定したバックアップ組織がなければ、事業は大きなリスクを背負うことが難しい。農業参入を夢見る企業は多いが、生産リスクを過小評価している事例が多い。実際に自然災害に見舞われると、それまでの努力が水泡に帰してしまうような事態も十分に発生しうる。そういったリスクに直面し、それを恐れて十分な投資ができない状態に陥り、結果として生産性を上げることができず撤退を余儀なくされることになるだろう。

 

外国から優秀な経営者を招き入れよという妄言に対しては、「では、経営責任を社員に押し付けるだけの無能な経営者を更迭して、ベトナムあたりから低コストかつ物分かりの良い経営者を迎え入れましょう」と言っておく。

この手の、外国人=優秀という黒船幻想主義者には呆れるばかりだが、そこからいきなり“金持ちが気持ちよくカネを使える社会にしろ”という発想に脈絡もなく飛躍するのが全く理解できない。その幼稚な発想は、三つ目に紹介した時代遅れの「先富論」丸出しのバカ議員とも通じるものがある。

自ら経済活動の現場を歩こうとせず、デスクに座りっぱなしで部下からの報告をふんぞり返って聞くだけの日々を送っていると経済全体を見渡す力がなくなってくるものだ。

 

産業競争力会議の他の民間議員の面子も、上に紹介した三バカと似たり寄ったりのレベルである。

彼らに共通するのは、「国内需要は成長しない、規制緩和イノベーションで国際競争力を強化しろ、自由貿易万歳」といった思想だが、せっかく高めた競争力の捌け口を、決まってアジアの内需に求めるのがお約束だ。

国内の労働者の生活を犠牲にして、アジアにモノを売り歩くことばかりを考えている。彼らが朱印船貿易よろしく行商に熱を入れるのは勝手だが、信奉する“アジアの内需”の源泉が、経済危機に苦しむ日米欧ら先進諸国からの所得や富の移転にあることを理解できていない以上、早晩、行商先で痛い目に合うことだろう。

 

産業競争力会議など新自由主義者向けのガス抜き会議に過ぎず、大した発信力はないだろう。

しかし、いやしくも政府直轄の諮問機関において、日本経済を破壊した新自由主義者構造改革主義者の入信セミナーを行わせることには大いに異論がある。

彼らの書いた時代遅れなポエムをマスコミが増幅して世間に喧伝すれば、勉強不足な国民が、またぞろ構造改革だ、と騒ぎだし、デフレ脱却にブレーキを掛けかねない。

成長を害する寄生虫は、早めにピンセットで取り除いておくべきだろう。


その寄生虫たちが目指すのは、規制緩和の延長線上にある「産業構造改革」だ。

それは、付加価値の低い(と勝手に決めつけられている)農業や医療、土木建築産業などに大ナタを振るい、代わりにバイオ、ナノテク、ITなどの先端産業や付加価値の高い(と勘違いされている)情報産業や金融産業などのサービス業へと日本の産業構造を転換させようという壮大な夢物語である。

だが、彼らの理想が実現すれば、逆ピラミッド型の不安定な社会構造が構築されることになる。

人口構造にしろ、食物連鎖の構造にしろ、底辺を支える基礎構造部分が細くなったり弱くなったりすれば、全体の安定感が著しく損なわれるのは、小学生でも判ることだろう。

アフリカの大地で食物連鎖の頂点に立つのはライオンだが、そのライオンの生息数を大きく左右するのは、餌を獲るスピードや技術力ではなく、掃いて捨てるほどいるシマウマやヌーの個体数の多寡なのだ。

大量の雨がアフリカの大地に降り注ぎ豊かな草が芽吹けば、草食動物の個体数は一気に増え、それに連れて肉食動物の数も増えて行く。だが、干ばつに見舞われるやいなや、真っ先にエサ不足でバタバタと倒れるのは、誰もが畏怖するライオンなのだ。大自然の営みの前には、ライオンの力などひとたまりもない。ましてや、個々のライオン間のハンティング能力の差異など、ちっぽけな変数に過ぎない。

ライオンの命運を握るのは、他のライオンを凌ぐハンティング能力などではない。エサとなる草食動物の数が十分なのか、そうでないのか、ということに尽きる。こういった単純かつ根源的な理由に抗うことはできないのだ。

 

高度先端産業の成長にばかり気を取られて、いつのまにか日本の産業構造がダイアモンド型や逆ピラミッド型に変質してしまうことは絶対に避けるべきだ。

そのような極めて不安定な産業構造になってしまえば、もはや国の成長を外需に頼らざるを得なくなり、自国を主語とする主体的な経済運営ができなくなってしまう。

外資の草刈り場と化してしまったお隣の国を反面教師として、かようなバカげた事態を招来せぬよう十分注意すべきである。