うずらのブログ

積極的な財政金融政策による豊かで成長力に満ちた社会を目指します

「民間の力」という幻想

124日に公示を控えた今回の衆院選だが、いまひとつ盛り上がりに欠けている。

マスコミに言わせれば、14もの政党が乱立し各党の主張がよく判らない、というところだろうが、それは違う。

選挙モードに火が着かない要因は、景気・雇用対策や社会保障の充実を願う国民のニーズとは裏腹に、マスコミや財務省主導によるTPPや原発、消費税等への強引な選挙争点ずらしが行われていることと、マスコミがゴリ押しする維新の会や太陽の党、みんなの党等の第三極の連中が鵜合離散を繰り返すばかりで一向にまとまらないことにある。

 

その間隙を縫って、自民党安倍総裁が積極的な政権構想を語っているのが印象的だ。

デフレで棄損した日本経済の再生や中韓との国境争いで生じた国防意識の向上を基に、「日本を、取り戻す。」という判りやすいキャッチフレーズを出してきた。

(“大胆な規制緩和”とか“官民協調外債ファンド”とかいうどうでもよい政策のことは触れないでおくが…)

先ごろ発表された政権公約では、震災からの復興や経済再生、教育再生、外交立て直し、暮らしの再生などが謳われ、特に経済再生の項では、「失われた国民所得50兆円奪還」、「縮小均衡の分配政策から成長による富の創出」、「デフレ・円高からの脱却、名目GDP3%の成長」といった成長を志向させる目標を掲げている。

これらの政策は、

・デフレにより失われた国富を取り戻す必要があること

・成長によってしか富を得ることはできないこと

・実質ではなく名目ベースでの成長を明言すること

という基本事項をキチンと踏まえており、デフレ脱却による経済成長を目指す方向性として正しいものである。

こういった当たり前の主張をできる政権や政治家が、ここ十数年の間(安倍前政権も含む)に現れなかったことは日本にとって大きな不幸であったが、それもようやく解消できそうだ。

 

このほかにも安倍総裁は、政府と日銀の協調によるインフレターゲットの導入や日銀法の改正、国土強靭化法に基づく大規模な公共投資の実施など、かなり前向きかつ具体的な政策を矢継ぎ早に提言し、民主党ほか各政党や日銀、財務省、経済界、マスコミ、御用学者など小泉バカ政権以降のデフレ体制にどっぷり浸かってきた「既得権益者」たちを大いに慌てさせている。

既得権益者」の連中は、さっそく、財政規律が緩むとか、戦後のハイパーインフレ(事実無根だが…)の教訓を忘れるな、などと批判を浴びせ始めた。

自分達は、さんざん金融政策一本槍の経済対策しか打てなかったくせに、いまになって、金融政策は景気回復に効き目がないなどと可笑しなことを言い始めており、もはや支離滅裂になっている。

 

確かに、金融政策だけでは、金融市場から実体経済へ期待するほどマネーが流通せず景気刺激の効果は少ない。

だからこそ、財政政策により実体経済を直接刺激して活性化させ、金融市場から実体経済へのマネー還流ルートをも併せて蘇生させることが必要なのだが、「既得権益者」たちは新自由主義構造改革教の教義に固執し、頑なに財政政策を拒否し続けてきた。

 

財政政策から逃げ回ってきた結果が、小泉バカ政権から民主党政権に連なるデフレ体制維持政権による国民経済の弱体化なのだが、まったく反省の色がない「既得権益者」たちは、負け惜しみをほざくばかりで失敗を認めようとしない。

安倍総裁の経済プランに対して、「議員や政治家が経済対策を打っても経済成長しない。大阪市のキヲスクを天下りから自由競争にしたら売上が伸びた。もっと規制緩和して民間に任せればよい。役人にバラマキをさせるより、民間に任せれば適切な投資ができる。」などとレベルの低い批判をする大阪の中学生市長などその典型例だろう。

キヲスクの例など、ローソンと郵便局を合体させたら売上が伸びたと自慢していた竹中と同レベルのくだらない話である。

デフレ下にある日本といえども、新たなサービスにより売上を伸ばす企業や団体など、中学生市長が自慢しなくともごまんとある。

問題なのは、経済全体のパイが縮小する中では、そういった成功例の裏に市場を奪われて撤退を余儀なくされる企業が、その数倍~数十倍存在するという事実を直視できないことにある。

 

既得権益者」たちが、ユニクロ楽天の成功例を採り上げては“それみたことか。売上が伸びないなんて単なる言い訳だ。競争に負けた企業は市場から退出しろ。”などと見下した態度を取って悦に入っているうちに、国内市場からどんどん企業が減っているのだが、彼らは一向に危機感を持とうとしない。

労働規制を緩和しろ、法人税を下げろ、安く使える外国人を使わせろ、でないと海外に出て行くぞと傍若無人に振る舞う居直り強盗たちは、「民間の力」を過信している。

彼らは政治や官僚を見下して、“膠着した官僚主導を打破して民の力を活用すれば経済が活性化する”と事あるごとに自慢するが、ならばなぜ、絶大なパワーを持つ民間企業のうち黒字企業の割合が25%程度しかないのか。

政治や官僚による支配力が今より格段に強かった高度成長期には60-70%、バブル景気期には50%もの割合を誇った黒字企業はどこに行ってしまったのか。

 

また、中学生市長のように、民間企業は役人と違って利に敏く適切な投資を行える、なんて考えている者がいるとすれば、相当な世間知らずだろう。

筆者も数多くの中小企業を訪問してきたが、事務所や工場、倉庫に積み上がった不良在庫や陳腐化して放置された機械や工具類、大量に買ったまま埃をかぶっている資材などを見かけないことなどないといってよい。

資金的に余裕のある大企業ならともかく、カネに切羽詰まった中小企業であれば、世間知らずの「既得権益者」の言を借りるまでもなく、投資や消費に厳正かつ慎重であるべきなのだが、現実は全く違う。

取引先に言われるままに身の丈以上の生産機械を買ったり、ろくにマーケティングもせずに思い込みで大量の資材を買い込んだりして赤字を積み上げているのが現実の「民」の姿なのだ。

 

では、愚かな中小企業が市場からはじき出されるのを自由競争の理想の基に放置してよいのかと言えば、それは違う。

なぜなら、それは大量の失業者や国内産業の衰退を招き、デフレを長期化させ国民経済の破壊につながるからだ。

赤字を出したり投資に失敗した企業であっても経済のパイが拡大する環境なら、再起を果たすチャンスが与えられ復活の可能性も高まり、経済や社会の安定化に寄与する。

 

黒字企業であれ赤字企業であれ、目指すところは売上の拡大である。

「売上」とは、突き詰めれば「日本円を獲得する」ことに他ならない。

であれば、経済や市場を活性化させるには、実体経済に十分な量の「日本円」が存在することが大前提となり、実体経済に円を供給するには、強力な財政政策とそれを支える金融政策が不可欠である。

雨を降らせずに水不足の状態のままで、水の奪い合いを強いるような経済環境では、いくら根性論を説いても、また、規制緩和グローバル化を唱えても経済が回復することはないだろう。

いま必要なのは、十分に雨を降らせて、くだらない水の奪い合いから「民の力」を解放してあげることなのだ。